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大阪桐蔭 西谷監督 日本一の「教育力」

Posted by fukutyonzoku on 26.2018 スポーツ 0 comments 0 trackback


「金農フィーバー」の陰に隠れて、史上初の2度目の春夏連覇という大阪桐蔭の偉業がすっかり霞んでしまった感があるが、大阪桐蔭の凄さは単に野球の強さにあるのではなく、あの太った西谷浩一監督による教育レベルの高さにあるのではないか。
今回で西谷監督は春夏合わせて7回目の優勝となり、元PL学園の中村順司監督を抜いて歴代最多優勝監督となった。実績においても歴代最高の名将となった。
今大会で話題になったが、大阪桐蔭の選手たちが相手の負傷選手の手当てをしようとするスポーツマンシップに、桐蔭の「教育レベルの高さ」が象徴されている。しかも、それが監督やコーチの指示ではなく、選手たちの自主的判断でやっているという。
それだけではない。彼らはホームランやタイムリーヒットを打っても滅多に派手なガッツポーズをしない。中川拓也主将が口うるさくチームに徹底させたという。今大会では、下関国際戦で三振を奪うたびに派手なガッツポーズを繰り返した創志学園の西投手が「必要以上にガッツポーズをしないように」と球審から注意を受けたことが影響したのかもしれないし、「王者の振る舞い」と言ってしまえばそれまでだ。しかし、「野球は紳士のスポーツであり、ガッツポーズは相手に対して失礼だ」という野球本来の考え方を選手たちが大切にしようとしているように思える。

https://search.yahoo.co.jp/amp/s/gunosy.com/amp/articles/agFG7%3Fusqp%3Dmq331AQGCAEoATgA
https://search.yahoo.co.jp/amp/s/mindfulness-generalpause.com/2017/11/15/20171115/%3Famp%3D1%26usqp%3Dmq331AQGCAEoATgA
https://www.hochi.co.jp/baseball/hs/20180821-OHT1T50303.html

🔳軍隊のように厳しい寮生活

大阪桐蔭ナインはレギュラー9人のうち5人がU18日本代表メンバーという紛れもない野球エリートたち。今夏のベンチ入りメンバー18人のうち大阪出身者は5人だけで、北海道から九州まで全国から優秀な野球少年が集まっている。野球部員は全寮制で、携帯禁止、原則外出禁止で、家族との面会も2か月に一度の「布団交換」に親が来る日のみで、親子の外出も2時間しか許可されない。楽しみは1カ月に1度の“コンビニ旅行”。寮長らの引率でバスに乗り、近場のコンビニや大型スーパーに出かける。1年は500円、2年は1000円、3年は1500円と予算が決められている。まさに軍隊のような生活だ。自宅通学とは全く違う厳しい環境で、親子とも、野球に人生をかける覚悟や執念のようなものが培われていくのだ。
http://apapnews.com/famousmember/290/
https://news.nifty.com/article/sports/baseball/12133-185613/
https://www.zakzak.co.jp/smp/spo/news/170801/spo1708010003-s1.html

🔳少数精鋭ときめ細かな個人指導

実は、ここまではほかの私立強豪校とさほど変わらない。違いはその先にある。
部員数が100人を超える強豪私立校が少なくない中、大阪桐蔭は1学年の定員20人、計60人しかいない少数精鋭だ。かつては1学年30人以上もいて、普通科や自宅通学の部員もいたが、
中田翔(日本ハム)が3年の時の07年、指導が行き届かなくなるので部員数を絞り、全寮制にしたという。
少数の全寮制とセットになっているのが、きめ細かな個人指導だ。夜は寮でコーチと手分けし、毎日のように個人面談を重ねているという。選手一人一人との親身な対話を重視している。
西谷は「選手が低調なら『どうする? 思い切ってフォーム変えてみるか』。パワー不足が課題なら、もっと走り込んだ方がいいとか、筋トレした方がいいとか。打ち込みが足りないなら『朝早く起きて練習しようか。付き合うよ』と。選手と直接話し合うことで、具体的に何をするか明確にしていきます」と話す。

🔳「付き人制度」は廃止

全寮制となったのを機に、1年生が3年生の「付き人」となり洗濯や掃除など身の回りの世話をする慣習を廃止した。これは、暴力事件などの不祥事で廃部となったPLなどの他の強豪校もやっていた慣習だが、上下関係の厳しさがPLの不祥事の背景にあったことも影響したのかもしれない。ボール拾いなども1年生だけにさせることはしない。全員等しく「自分のことは自分でやる」民主的なルールに変えた。3年生の中心選手でもグラウンドの草むしりをすることがある。
http://number.bunshun.jp/articles/-/830452?page=1

上下関係もフランクとなり、この緩い上下関係が逆に「大阪桐蔭の選手が上下関係が厳しい大学や社会人野球チームに行くと、苦労して伸び悩む」と言われているという。

🔳凡事徹底 「日本一の練習」

西谷監督は「特別なことは何もしていない」というが、大阪桐蔭高校社会科教諭でもある西谷の哲学の一つに「凡事徹底」がある。当たり前のことを徹底してやる、ということだ。「全力疾走」「大きな声を出す」「低く、鋭い打球を飛ばす」。どの野球部でもやっていることだが、違うのは意識の高さだ。彼らの共通目標は「日本一」なので、常に「日本一の練習」にこだわる。これは恐らく練習量という意味でなく練習の質、つまり意識と集中力だ。「日本一のキャッチボール」「日本一の全力疾走」「日本一の声」。さらに、日常生活においても「日本一の寮生活」なのだそうだ。
https://search.yahoo.co.jp/amp/s/mindfulness-generalpause.com/2017/11/15/20171115/%3Famp%3D1%26usqp%3Dmq331AQGCAEoATgA

また、成長するための正しい練習方法指導はコーチを中心にきめ細かい。さらに、実践練習も重視し、練習試合や対外試合も多いという。

🔳全国を飛び回るスカウティング努力

もちろん、中学生のいい素材を取るためのスカウティングの努力も凄まじい。西谷監督自身が毎週末のように西日本を中心に全国を飛び回っている。中田翔を獲得するためには広島に40~50回も通ったという。「それでも土壇場でフラれることもある」という。大阪のライバル校履正社には寮がなく、スカウティングも近畿圏に限られているのに対し、大阪桐蔭のスカウティング情報網は西日本を中心に全国に及んでいるという。
http://number.bunshun.jp/articles/-/827777?page=1

🔳「野球バカ」はとらない

ただ、西谷監督は「野球の能力がいくら高くても、学業を疎かにしている子は獲らない」という。今や大阪屈指の進学校でもあるその大阪桐蔭を代表するのが、決勝の金足農業戦でもエース吉田輝星投手からホームランを打った5番、遊撃手兼投手の根尾昂選手。U18日本代表メンバーで、プロ注目の選手だが、偏差値70超で中学時代はオール5だったという。岐阜県飛騨高山市の両親はともに医師。根尾選手は幼少期から野球だけでなく冬はスキーをやり、中学時代はアルペン回転で全国優勝している文武両道のスーパーアスリートなのだ。
https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20180405-00010003-baseballc-base
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ポーランド戦のボール回し再考

Posted by fukutyonzoku on 23.2018 スポーツ 0 comments 0 trackback


サッカー・ワールドカップ(W杯)2018ロシア大会が閉幕した。日本はグループリーグ(GL)第3戦ポーランド戦の後半残り10分、0-1で負けているのにボランチの武藤に代えて守備的MFのキャプテン長谷部誠を投入。長谷部は西野監督の指示を伝え、時間稼ぎのための自陣でのボール回しが始まった。
このボール回しに対し、会場は猛烈なブーイングに包まれた。一部に日本の戦術を擁護する意見もあったものの、海外メディアや解説者からは日本の消極的なプレーを「アンチフットボール行為」として批判する声が殺到。結果的には、西野監督の狙い通り、同時進行していた同じグループHのコロンビアvsセネガルが1-0のまま終了し、日本はセネガルと勝ち点4、得失点差0、総得点4、直接対決結果も引き分けと並び、規定により警告カードの累積であるフェアプレーポイントの差で辛くもGL2位通過を果たした。
もしセネガルが残り10分でコロンビアに追いつけば、日本も1点取ってポーランドと引き分けない限りGL敗退だっただけに、この大博打は「他力本願」の危うい作戦だったことは間違いない。

🔳「サッカーは結果が全て」か?

この件については論点が錯綜しているので、整理しながら論じる必要があろう。

まず、日本サッカー協会(JFA)という組織内の論理としては、西野監督は指揮の全権を託され、自らの責任においてリスクの高い決断をし、結果的にその決断は決勝トーナメント進出という目標を達成したのだから文句を言われる筋合いはないではないか、と。それはその通りだと思う。

しかし、サッカーW杯という世界最大のスポーツイベントは、言うまでもなくJFAやスポンサーやメディアの企業論理で完結するものではない。世界中のサッカーファンやスポンサー、メディア等多くのステークホルダーがいて初めて成立する世界的な「興行」なのだ。主役は何と言ってもTV視聴者である世界数十億人のサッカーファン。つまりW杯においては「記録」よりも、世界のサッカーファンの「記憶」の方がはるかに重要だ(と私は思う)。
仮にJFAや国内スポンサー・メディア等のビジネスの論理が「日本代表が1試合でも多く勝ち進むこと。その結果が全て」だとしても、ファンがその論理に従う必要はない。多くの世界のサッカーファンの関心は違う。日本人サポーターに限っても、必ずしも日本の結果が全てだと考えるファンばかりではない。サッカーの世界最高峰の舞台での世界最高のゲームとプレーが見たい、それが全てだと思っているのは私だけではないはずだ。

ただ、日本に限らず自国サポーターだけは恐らく結果も内容も両方ほしい。だから「アンチ・フットボール」的な内容で勝ち進んだ場合、自国サポーターの意見は自ずと分かれる。日本代表のベルギー戦の内容は、ポーランド戦の終盤のボール回しの悪印象を帳消しにしてくれたのはよかったが、だからといってポーランド戦の行為がW杯史と世界の人々の記憶から消え去るわけではない。

よく考えれば、ベルギー戦の日本への賞賛自体がW杯は「結果が全て」ではないことの証しではないか。結果は敗戦、今回もベスト16の壁は破れなかったわけだが、その結果よりゲーム内容の良さが上回って余りあったからこそ、世界から賞賛された。その評価の方がベスト8とかベスト4といった記録以上に価値がある、と思う。

韓国は日韓W杯でアジア最高のベスト4という快挙を達成したが、その後審判への大掛かりな買収があったことが判明。韓国はアジア初のベスト4という結果より史上最低の不正開催国としてW杯の歴史に汚名を残した。五輪ではドーピングで結果を出してきたロシアや中国もアンチ五輪精神の国として世界は見ている。ブラジルのネイマールは今大会で、世界最高のストライカーとしてではなく、VARという新技術によって「大袈裟なシミュレーションの常習犯」という汚名を世界の人々の記憶に刻んでしまった。
日本は今回、不正をしたわけではないので少し質は違うが、負けているのにボール回しという前代未聞のアンチ・フットボール行為をした国としてサッカーW杯史と日本サッカー史に汚点を残したのは間違いない(ベルギー戦での名誉挽回とともに、ではあるが)。

🔳GL突破の方法はボール回ししかなかったか

論点は少しズレるが、力のあるチームならあれほど露骨な後衛でのボール回しはせず、攻めながら上手にボールをキープし、時間を使ったはずで、そうしていればこれほどの批判は受けなかったかもしれない。さらにはセネガルとの差がフェアプレーポイントであったことも印象をさらに悪くしたと思う。いずれにしてもグループリーグ突破だけを見れば、世界の日本の評判を貶めたお粗末なベスト16進出であったことは否定し難いと思う。
賞賛されたベルギー戦は、そのお粗末なグループリーグ突破がなければ存在しなかったのだから、「お粗末でも何でもやはりGL突破という結果にこそ価値があった」という声が聞こえてきそうだが、それは結果論に過ぎない。またGL突破の方法はあれしかなかったのならその理屈も成立するが、そうだったとも思えない。

🔳統計的にも最終盤の得失点は多い

それではなぜ、西野監督はそんな作戦を採用したのだろうか。

考慮すべきは、一つには日本があの時点で点を取りに行った場合、逆にカウンターで取られるリスクがどのくらいあったのか、という戦況判断。もう一つは、コロンビアvsセネガル戦の見通し。この両者の連立方程式だったわけだが、後者については確たることは誰にも言えないし、日本がコントロールできるゲームでもない。セネガルの高い攻撃力は日本戦やポーランド戦でも証明済みだし、そもそも何が起こるかわからないのがサッカーだ。統計的にも最終盤の得失点は非常に多い。
https://style.nikkei.com/article/DGXBZO36338780Y1A101C1000000

しかも、コロンビアは仮にセネガルに追いつかれて引き分けとなっても、日本がポーランドに敗れれば同じ勝ち点4、得失点差で2位通過できたため、1点のリードを守り切るモチベーションが高くなかった可能性も考えられた。

おそらく西野監督はラスト10分の段階で、日本が点を取りに行けば逆にカウンターでポーランドから2点目を取られるリスクが高いと判断したのだろう。それは現場の指揮官としての戦況判断なので、外野は何とも言えない。
確かに、日本がもしポーランドに2点差で敗れれば、残り10分余りでセネガルが2点を奪ってコロンビアに逆転勝利しない限り、日本は決勝Tに進めなくなる。その確率は誰が考えても極めて低い。従って日本がもう1点取られることだけは何としても避けたいと考えることは、それなりに理があるかもしれない。

🔳DF陣にトラブル?

西野監督の当時の心理を想像してみると、決勝T初戦に向けて主力の体力を温存するため、ポーランド戦ではそれまで好調だった先発メンバーを6人も入れ替えた。西野監督に贔屓目でみれば、後半早々に岡崎のアクシデントで大迫に変え、同20分には点を取りに行くため武藤→乾と、既に攻撃の交代カードを2枚切ったが、ラスト10分を残して不発に終わっていた。中盤~DFラインの守備バランスに不安を感じていたのだとすれば、それも消極的なボール回しを選択する一因となった可能性もある。そうは見えなかったが、もしかしたらDF陣に怪我などのトラブルがあったのかもしれない。

しかし、日本がボールを回してポーランドの2点目を確実に防いだとしても、セネガルが1点取ってコロンビアに追いつけば、その作戦は土台から崩れる。そうなった場合、日本も引き分けに持ち込まなければ、やはりGL敗退となることは同じだった。セネガルが追いつけば当然日本も猛攻を仕掛けたはずだが、残り時間を考えれば時間切れとなる可能性が高い残り時間だった(いつセネガルが追いつくかにもよるが)。

いずれにせよ、西野監督は

①日本が1点を取りに行った場合に、ポーランドにカウンターを受けて2点目を取られる可能性(B)
>日本が攻めてポーランドから1点取る可能性(A)

②(B)>セネガルがコロンビアに追いつく可能性(C)

と判断したことになる。

おそらく西野監督はBのリスクが極めて大きいと判断したために、もはやCがないことに賭けるしかない、という心境に陥ったのだろう(そう考えないと、合理的な説明がつかない)。

🔳ポーランドのカウンターは脅威だった?

しかし、冷静に振り返れば、日本のボール回しに対してポーランドも無理にボールを奪いにはこなかった。つまり、あの時間帯、ポーランドは勝ち点3の死守が最優先の命題であり、2点目を積極的に取りに行くモチベーションはもはやなかった。ということは、もし日本が攻めればカウンターを狙うより全員で守備に徹した可能性が高かったはずだ。仮にワントップのレバンドフスキだけを前線に残したとしても、彼は今大会が不発に終わったことでもわかるように1人で点を取れるタイプのストライカーではないため、必要以上に恐れる必要もなかったのではないか。普通に考えれば、日本はカウンターを警戒しつつも最後の力を振り絞って攻める、という戦術を取り得たはずだ。それは長谷部を投入して守備バランスを整えた上でも取り得る戦術だったはずだ。

このあたりの機微は、その時の日本のDFのバランスやトラブルの有無、ピッチ上でしか感じ取れない脅威やリスク判断、スカウティングのデータ分析などもあるだろうから、あまり断定的なことを言うつもりはないが、いずれにしても消極的かつ勝算も不確かな判断に世界中が驚き、それまでの2戦で日本びいきとなっていた多くのファンまでが失望したのは紛れもない事実だ。

🔳結果オーライで済ませていいのか…

もし、セネガルが追いつき、ボール回しが裏目に出ていたとしていたら、日本代表と西野監督への世界中から浴びせられるバッシングは想像するだけも恐ろしくなる。なぜ、勝負を避けて他力本願の消極的判断をし、アンチフットボール的プレーをさせたのか、と。「W杯史上最悪のボール回し」との烙印を押され、日本代表とNishinoはサッカーW杯史に永久に汚名を残す、という取り返しのつかない結果を招いただろう。日本を叩きたくて仕方ない中韓などはここぞとばかりに「日本的ご都合主義、日本的フェアプレーの象徴的ケース」と、日本文化全体を貶めにかかったはずだ。結果オーライで済ませていい判断だったとは思えない。
それを承知で大博打を打った西野監督の肝の座り方や運の強さは大したものだが、そうした人物評や指揮官として手腕・適性評価と、「あの判断が最善手だったか」という個別判断の是非は、別問題だ。
もしボール回しではなく、攻めていれば、仮にカウンターを食らって敗退したとしても、それほどのバッシングは起きなかったはずだ。せいぜい「カウンターをもっと警戒すべきだった」「そもそも先発6人入れ替えが甘かった」「やはりコロンビア戦がラッキーだっただけだ」といった失望や不満の声が日本国内からブツクサと出ただろうけれども。しかし、その程度だろう。「コロンビアvsセネガル戦の経過を見ながら後ろでボールを回すべきだった」との意見が出ただろうか? 仮に出たとして、多くのファンに受け入れられただろうか?

🔳「成績より成長を」と山本昌邦氏

元々今回の日本代表に対する期待値は国内外ともに低く、GL突破は無理と見られていたのだから。セネガル戦まで既に日本は大健闘だと称賛されていたのだから。アジアで初めて南米(コロンビア)に勝ち、強豪セネガルに2度も追いつき、GLで勝ち点4を獲得した日本は、攻めて負けたのなら、GL敗退を惜しまれたはずだ。

NHKサッカー解説者の山本昌邦氏はW杯開幕前、日本代表について「私は成績より成長を求めたい」と話していた。JFA幹部の一人として、今回の結果が悪かった場合の予防線を張っていただけかもしれない。しかし、どこまで勝ち進んだかという「成績」より、試合内容で「成長」を証明することの方が大事なのだ、という見方だとすれば、全く同感だ。「日本は常に危険な相手であり、もはや手を抜いて勝てるような簡単な相手ではない」ことをゲームパフォーマンスで世界に知らしめることこそが、今の日本サッカーの世界におけるポジションを確実に上げる西野ジャパン最優先の使命だったはずだ。運良くベスト16やさらにその上に残ることはわかりやすい数値目標の一つではあるが、本筋ではなく、最終目標でもない。

🔳幸運な成功体験は次の失敗に繋がる

少々飛躍するが、日清、日露戦争の勝利が軍部の過信と増長を招き、太平洋戦争の敗戦の原因となったと言われる。また、戦後日本の「奇跡の」高度経済成長という成功体験が、バブル経済と崩壊、その後の「失われた20年」の遠因だという見方もそれほど的外れではなかろう。明治の戦勝や戦後の高度成長の原因の全てを運の良さに帰するつもりはないが、成功体験そのものが次の失敗の原因になることは、一般にもよく観察される事象ではある。なかでも成功の原因の中に「運の良さ」の要素が大きい場合、その幸運を「実力」と勘違いする余地が大きくなる。
元寇を撃退した台風襲来という幸運を「神風」と呼び、「日本は有史以来他国に負けたことがない『神国』」と信じるに至っては、勘違いが信仰レベルにまで到達してしまった戦前日本の悪しき前例だろう。
もしサッカー日本代表に強運があるなら、それはW杯決勝の舞台まで取っておこうではないか。

「万引き家族」は現代の蟹工船か

Posted by fukutyonzoku on 13.2018 映画 0 comments 0 trackback


今年のカンヌ国際映画祭でばパルムドール(最高賞)を受賞した「万引き家族」をようやくみた。

安藤さくらの存在感は見事としか言いようがない。冴えないおばさんにしか見えない時もあれば、少女のように可愛らしさを見せる時も。かと思えば、艶めかしい大人の女に豹変し、時に神々しくさえ見える。あの七変化がまさに「女優」だ。カンヌ国際映画祭審査委員長のケイト・ブランシェットは「安藤サクラの泣きの芝居は素晴らしかった。これから私たち俳優が泣くシーンがあったら彼女の真似をしたと思って」と絶賛している。

リリー・フランキーがダメ男を実にナチュラルに演じているのも見事。松岡茉優は持ち前の器用さを遺憾なく発揮している。そして、定評のある子役の演技の素晴らしさは今回も同様で、是枝作品の面目躍如といったところ。

この映画は、子供にも万引きを教えていた窃盗の常習犯や、亡くなった親を庭に埋めて死亡届けを出さずに年金を不正受給していた事件など、実際に日本で起こったいくつかの実話を基に是枝監督が脚本を書いている。映画製作にあたって是枝監督は養護施設などを実際に取材したそうだ。つまり、このストーリーは今の日本社会の実像を描いたドキュメンタリーに近い作品と言っていい。
映画に登場するのはダメな大人ばかりで、この「家族」の行いは犯罪のオンパレード。それでも「少し不器用で運が悪かっただけの愛情深い『普通』の人々」と共感できるよう、必ずしも血の繋がらない「家族」の絆やヒューマニティーを巧みに描いている。

是枝監督のメッセージをあえて言語化するとすれば、こんなふうではないか。

常識の世界や家族の方がむしろ嘘と虚飾に満ち、この「家族」こそが本当の家族の姿ではないのか……。
メディアや世間は犯罪者を表面的に叩き、排除するだけで、それ以上は見ようとしない。つまりはそこで「情報処理」が終わってしまい、人が犯罪に追い込まれる社会背景を考えようとはしない。でも、これは現実に私たちのすぐ身近で実際に起こっている現実なのだ。その最大の犠牲者は子供たちである。「自己責任」という一見尤もらしい呪文で心に蓋をし、見えないふりをするのはもうやめにしないか……。
置き去りにされている隣人や弱者への共感と互助を忘れ、静かに進む格差社会の実態を丁寧に描いた、洗練された現代の「蟹工船」だろう。
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