獣医学部を門前払いした文科省告示は本当に「岩盤規制」なのか

Posted by fukutyonzoku on 11.2017 政治・経済 0 comments 0 trackback
加計学園の獣医学部新設をめぐる国家戦略特区の不透明な選定プロセスの問題が燻り続けている。政策的な焦点の一つとして、大学の新規参入を規制している文科省告示がある。この問題をどう考えたらいいのだろうか。

◾️私大新設を増やし過ぎた文科省の罪

日本の4年制大学の数は、1991年の大学設置基準の大幅緩和の影響もあり、1985年の460校から2010年には778校と、25年間で300校以上(69%)も増えた(それ以降はほぼ横ばい)。その大半は短大が4年制大学に組織替えしたものだが、既存大学の学部学科新設も相次いだ。この結果、大学生数は同じ期間に185万人から289万人と100万人以上(56%)増えている。
一方、19~22歳の学齢期人口は少子化の影響により1993年の約816万人をピークに減り続け、2009年には約513万人と約300万人も減っている。このため、85年には25%前後だった大学進学率は09年に50%を超え、現在は約55%だ。

一方で数年前、下村博文前文科相が「日本の大学進学率は欧米に比べてまだ低い」と国会で訴えたこともある。
これは、下村前文科相が「だからもっと大学を増やそう」と言いたかったのか、あるいは、これまで文科省が規制緩和で私大新設を認め過ぎてきた結果、私大の定員割れや倒産が相次いでいるため、その批判に対する釈明か、どちらかだろう。しかし、いずれにしてもこれはデータの取り方が間違っていたのだ。
BLOGOSの記事「日本の大学進学率は低いは本当か」に詳しいので、詳細はそちらに譲るが、このキャンペーンに使われた文科省の「大学進学率の国際比較(OECD Education at a glance 2012)」というプレゼン資料によれば、日本の大学進学率は51%でOECD平均の62%よりも11%ポイントも低く、豪州、米国、韓国、北欧諸国などより20%ポイント以上も低いことになっている。



ところが、このOECDデータは、各国で基準がバラバラ。一般の大学と専門・職業学校を制度的に区別していない国が多く、英語圏の大学は留学生も多いが、それも含めているのだ。だから、オーストラリアは100%近くというあり得ない「大学進学率」になっている。
専門学校を含めたデータで、さらに留学生を除外して比較すれば、日本の進学率は8割近くに達し、国際的にも上位になる。さらに、日本は社会人学生や通信制などの「パートタイム」学生が少ないので、フルタイム学生だけなら世界トップクラスになる。



つまり、事実は、日本の大学数や学生数は、社会人学生や留学生を除けば既に飽和状態にあるということだ。これ以上進学率が高まることは考えにくい。既に私大の半数近くが定員割れの状態であり、大学の経営破綻ラッシュが本格化するのはこれからだ。
大学の需給全体からいえるのは、私立大学は政策的に作りすぎたのだ。学部・学科の偏在の調整は必要だとしても、全体としてはこれ以上の私大新設や定員増をストップしないと大変なことになるのは明らかだ。

◾️ 大学への公的補助率はOECD最下位

ところが、世界トップレベルの大学数、学生数にもかかわらず、日本の公的教育予算、なかでも大学への公的補助水準(GDP比)は永らくOECD加盟33カ国で最低のままだ。しかも、下のグラフを見れば一目瞭然だが、断トツの最下位だ。





http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo4/031/siryo/__icsFiles/afieldfile/2010/04/22/1292935_2.pdf

欧州の大学はほとんどが国公立で、公的補助率はEU平均で75%と高い。ドイツやフランス、北欧諸国をはじめ、自国民やEU域内国民は授業料無料の国も少なくない。日本は大学への公的補助が主要国の中で最も少ない国なのだ。それだけ学生(の親)の私費負担が重い国なのである。



データは少し古いが、日米英の大学の収入構造を比較すると、日本の国立大の経常的収益の約4割は国の補助金で、EUはもちろん約5割の米州立大さえ下回っている。しかも、日本の国立大は全体の21%しかない(75%は私立大)のに対し、米国は71%が州立大だ。私立だけ比べても、日本の公的補助率は約9%なのに対し米国は約16%と日本より手厚い。英国の大学はほとんどが国立(王立)だが、収入の6割強が公的補助だ。





実は、米英日の大学授業料は世界的にも高いことで有名だが、その3カ国で比べてみても、日本の大学への補助金がいかに少ないかがよくわかる。

しかも、私立大学が90年代から急増した間も私学助成金総額はほとんど増えておらず、過去10年ほどはむしろ漸減傾向にある。このため、公的補助率も1980年の3割近くから低下し続け、今では10%を割り込んでいる



要するに、大学1校当たりや学生1人当たりの補助金額が減り続けているということだ。

◾️大学の淘汰が本格化する「2018年問題」

しかも、来年からは18歳人口が再び減少に転じる大学「2018年問題」が始まる。18歳人口は、1992年の205万人をピークに減り続け、ここ数年は120万人程度で推移していたものの、18年からは再び減少に転じ、31年には100万人を割って99万人に落ち込むと予測されている。
その萌芽は既に表れている。
13年には、元アイドルの酒井法子さんの入学で話題を集めながら経営悪化に陥った創造学園大学などを傘下に持つ学校法人「堀越学園」(群馬県高崎市)に対し、文科省から初めて解散命令が出された。
充足率が全国最低の愛国学園大学は、収容定員400人に対し学生数は85人で充足率は21.25%。充足率が下から2番目(31.33%)の苫小牧駒澤大学では、2015年度の入学者数は32人で、入学定員150人を大きく下回る惨状だった。
06年には、会計書類を改ざんし、国の私学助成金を不正受給したとして東北文化大学元理事長が、補助金適正化法違反罪などで有罪判決を受け、同大学は大学として初めて民事再生法適用申請に追い込まれた。
この問題を契機に、大学破たん処理のあり方が本格的に議論され、解散命令以外に役員解任勧告などが盛り込まれた改正私立学校法が成立した。私立大学は完全に淘汰の時代に入っており、それはこれから本格化するのだ。

◾️大学の設置基準緩和が招いた質劣化と学費高騰、財政悪化

特区諮問会議の民間議員や安倍首相らの論理によれば、民間企業への規制緩和と同じ論理で大学や教育機関も設置基準を緩和ないし撤廃して競争を促せば、サービス競争が起こり、料金低下やサービスの質向上につながり、消費者利益や経済活性化になるという。阿呆な民間議員は、大学には憲法で保障された「営業(開業)の自由」があるとも言っている。
通常の民間企業活動ならともかく、そもそも税金から補助金を受けている大学に「営業の自由」をどこまで認めるかは公益との兼ね合いで決めるべきものだし、憲法まで持ち出すのなら、国民の「教育を受ける権利」はどうなるのだ。
過去数十年間に国がやってきたことは、補助金を増やさずに私大の数や定員を増やしてきた。この結果、大学生一人当たりの補助金額は減り続けている。大学は選ばなければ誰でも入れるようになった一方、学費はデフレの中でも値上がりし、経済的なハードルはむしろ高まった。
文科省は20年以上にわたって大学の設置基準を緩め、大学数と定員枠を増やし、大学間の「競争を活性化」させてきた。その結果、諮問会議メンバーらが言うように、日本の大学は利用負担が安くなり、教育サービスの質向上が図られただろうか。さらに言えば、国民の教育水準の向上に繋がったのか。むしろ、その全ての要素について全く逆のことしか起こっていない。少なくとも、諮問会議がやろうとしている大学の設置基準緩和という形の規制緩和は、大学の質の劣化や国民のアクセス悪化、誘致自治体の財政悪化という逆効果しか生んでいない。大学のビジネス化が進み、怪しげな業者の美味しい儲け口となっているだけである。

◾️補助金をやめて全額奨学金に振り向ける改革案

池田信夫氏は、大学への補助金について、「農業がそうであるように補助金は産業を腐らせる」「大学教育は社会的には浪費だというのが、多くの実証研究の結論」と断じ、大学への一律の補助金を全廃し、学生への奨学金に切り替えるべきだと提言している

「補助金は産業を腐らせる」危険性は一般論としては確かにある。また、大学教員がいったん教授に昇格すると、あとはろくに論文を書かなくても身分が生涯保証されるという硬直的な人事への批判も理解できる。しかし、その原因が、「補助金産業」であることや、大学間競争が不十分なことに求めるべきなのかどうかは、定かではない。また、全ての補助金産業が腐ると断言するのもどうか。世界中の大学も農業も医療機関も主要なインフラ産業も国や地方政府から補助金を受けているが、全てが腐っているとは言えないだろう。もし補助金比率が高いほどその産業の腐る度合いも高くなるとするなら、主要国で最も補助金比率が低い日本の大学は、主要国で最も健全な大学であるはずだが、そうとは言い難い。つまり、補助金の有無や補助金額の大きさに「腐る」原因があるとは即断できない。

ただし、国が教育機関への補助金を廃止し、浮いた財源を全額学生個人への給付に振り向けるという制度は一考に値する。教育バウチャー(引換券)のような一律給付のやり方もあるが、それより親の所得や学業成績に応じて給付額や融資額に格差をつける米国型の奨学金制度の方がベターだろう。政策的な研究資金を除き、国の補助金は原則廃止とし、国立大は民営化、許認可による定員管理のようなこともやめる。原則として全ての大学は同じ条件で自由競争になるということだ(それでも地方自治体が地元の大学を残すため、補助することまで禁止するのは政治的に難しいのではないか)。

いずれにせよ、特区諮問会議の民間議員らが主張するように、もし大学の定員管理をやめて参入規制を撤廃し、自由競争にせよ、というなら、補助金や許認可を原則廃止し、公平な競争条件が確保されるような大学制度改革が先だろう。補助金制度や許認可制度を残したまま入り口(参入規制)だけを部分的に緩和するような中途半端な規制緩和を行えば、かえって競争条件を歪めることになる。
特区諮問会議の民間議員の中には「医学部、歯学部、獣医学部だけ新設・定員増申請を最初から門前払いにしているから、それはおかしい、根拠を示せと言っているだけだ」
「需要が伸びる見通しがあるので学校を作りたい、という申請者があるなら、少なくとも審査はすべき。門前払いの告示がおかしいと言っているだけ」
との反論もある。
この反論には一理あるが、一方でWGの議論で彼らが主張していた「獣医師の需給調整は国家試験でやればよい」「獣医教育を受けた者がいくら増えても国民は誰も困らない」という大学の定員管理そのものを否定する論理とは矛盾している。「審査しろ」ということは、文科省の定員管理を認めていることになるからだ。定員管理を否定する論理は、国費で大学に補助金を出している以上、通らない。
もし大学への補助金制度そのものを是とし、大学への補助金予算を他の先進国並みに大幅増額することも財政的に困難という現実の上に立つならば、極めて専門性が高く、かつ他学部より「金食い虫」である(財政負担の重い)医学部、歯学部、獣医学部のような学部は、特例的に新設申請を認めないとした文科省告示は、必ずしも合理性がないとは言えないだろう。

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国家戦略特区WGが文科省に要求した「悪魔の証明」

Posted by fukutyonzoku on 06.2017 政治・経済 0 comments 0 trackback
加計学園への国家戦略特区指定をめぐる一連の騒動について、高橋洋一氏は、ダイヤモンドオンライン「加計学園の認可は『総理の意向』の前に勝負がついていた」と題した記事の中で、「当時、規制緩和を進めようとした内閣府に対し、文科省が抵抗したわけだが、この閣議決定にある需要見通しを文科省が出せなかった段階で、内閣府の勝ちである。新設が不要というなら、それを裏づける獣医師の需要見通しを示す『挙証責任』は許認可権のある文科省にあるからだ」と書いていた。これが逆立ちしたおかしな論理であることは、当ブログ記事で既に説明した。

高橋氏と同じように、一部の安倍・加計擁護派の中には「規制の根拠を示す虚証責任が所管省庁にあることは、国家戦略特区基本方針(2014年2月25日閣議決定)に書いてあるじゃないか」と主張する向きもある。しかし、基本方針にはこうあるだけだ。

関係府省庁の長に対し、必要な資料の提出及び説明を求めることができるほか、勧告し、当該勧告に基づいて講じた措置について報告を求めること等ができる(5p)

調整に当たり、規制所管府省庁がこれらの規制・制度改革が困難と判断する場合には、当該規制所管府省庁において正当な理由の説明を適切に行うこととする(23p)



「当該規制所管府省庁において正当な理由の説明を適切に行うこととする」の部分を「虚証責任」と言っているらしいのだが、結局のところ、規制官庁側がいくら説明しても、それが虚証責任を果たしているか否かを判定する第三者が諮問会議内にいるわけではない。規制を解除したいWG民間議員らが「説明が不十分」と一方的に判定すれば、それで「虚証責任が果たされなかった」ことになってしまう。そもそも、そういうスキームなのだ。
繰り返しになるが、元々そういうスキームだからと言って、今回のケースでは4条件が「日本再興戦略」の中で閣議決定されたので、総理大臣と言えどもそれを無視してもいいことにはならない。当然ながら諮問会議も、である。

◾️WGが文科省に迫った「悪魔の照明」

「基本方針」にある通り、文科省や農水省は諮問会議WGに説明を求められ、議事録を読めばわかる通り、実際にはそれなりに答えている。

農水省は
①獣医師需要は全体として足りているし、今後は減っていく可能性が高い
②職域や地域の偏在は(地方自治体等の)採用側の待遇改善で解決可能
ーーと説明。その需要予測を基に文科省は「新設を認めるのは困難」と説明している。

これに対し、民間議員らは「新分野の需要はあると聞いている」「そもそも文科省が定員管理するのはおかしい」「獣医がいくら増えても困る国民はいない」と一方的な論理を振り回しただけである。要するに彼らは、最初から文科省による大学定員管理そのものを認めたくないのだ。
大学の補助金制度を残したまま入り口(新規参入)だけ企業と同じ競争原理を導入しようとする民間議員らの論理のおかしさは、既に当ブログで詳しく論じているので、ここでは繰り返さないが、文科省と民間議員らは根本思想がそもそも違うのだから、議論が噛み合うはずがない。
とにかく、民間議員らは「新分野の需要は伸びるはずだ」というあやふやな主張をしているだけなのだが、文科省がそれを否定するなら、「新分野の需要は今後もない」ことの根拠となる需要見通しを出してこい、と迫ったわけだ。それが出せないなら、獣医学部・学科の新設を認めよ、と。
新たな需要が伸びるという見込みを示すことは簡単だ(単なる皮算用だとしても)。しかし、将来にわたって「需要が伸びない」ことを証明するのは、いわゆる「悪魔の証明」であり、不可能だろう。文科省からみれば無理難題の言い掛かりにしか見えなかったはずだ。こんな理屈を認めてしまえば、新分野を掲げる設置申請は、中身がいくらいい加減な見通しであっても全て認めなければならなくなるからだ。

そもそも文科相も農水相も厚労相も諮問会議の正式メンバーではなく、諮問会議側から見れば、退治すべき規制官庁の側だ。特区法や閣議決定の特区基本方針では、諮問会議側が規制官庁側に説明を求める権利と、その要求に規制官庁側が応える義務が記されているだけである。規制官庁側には自ら進んで議論に参加する権限も、決定に関与する権限もない。つまり、諮問会議側は規制官庁の説明を聞くという手続きさえ踏めば、無視しても構わない。その説明が合理的であろうとなかろうと、気に食わなければ勝手に規制側の言い分を却下できるのだ。その決定に対し事務的は異議申し立てが
できない。
ただし、唯一、特区指定前に総理大臣が規制官庁側の大臣から合意を取る手続きが特区法で定められている。しかし、事務的に調整が終わってなくても、総理が自ら任命した大臣から了解を取ることなど、政治的にはわけないであろう。国家戦略特区とは、最初からそういう仕組みなのだ。そして実際にもそれが行われた。

◾️達成不可能な「石破4条件」

ところが、この「総理大臣がその気になれば何でもできてしまう」という、この特区の大胆(出鱈目?)な仕組みに「待った」をかける重要な布石が2年前に打たれていた。それが「石破4条件」を含む「日本再興戦略改訂2015」だ。高橋洋一氏の見立てとは真逆に、実はこの時点で加計問題は「勝負あった」はずだった。石破茂・農水省・文科省(+財務省?+麻生太郎副総理兼財務相?)の勝ち、安倍首相・内閣官房・内閣府(実質は経産省)・特区諮問会議の負けだったのである。なぜなら、そもそも「4条件」は、事実上獣医学部新設を拒否しているとしか解釈できない、高いハードルだからだ。

2015年6月30日に閣議決定された「日本再興戦略2015改訂版」に記された「4条件」を再掲する(16㌻)。

(1)現在の提案主体による既存の獣医師養成でない構想が具体化し、
(2)ライフサイエンスなどの獣医師が新たに対応すべき分野における具体的な需要が明らかになり、
(3)かつ、既存の大学・学部では対応が困難な場合には、
(4)近年の獣医師の需要の動向も考慮しつつ、全国的見地から本年度内に検討を行う。


((1)~(4)の番号は筆者挿入)

 この4条件の解釈について、当時者の地方創生担当相兼国家戦略特区担当相だった石破氏自身が最近(6月2日)、自身のブログで以下のように解説していた。

「政府としては、
①感染症対策や生物化学兵器に対する対応などの「新たなニーズ」が明らかであること。(筆者注=4条件の(2))
②それが現在存在する国公立・私立の獣医学部や獣医学科では対応が困難であること。(同(3))
③特区として開設を希望し、提案する主体が「このようにして従来の獣医学科とは異なる教育を行う」というカリキュラム内容や、それを行うに相応しい教授陣などの陣容を具体的に示すこと。(同(1))
④現在不足が深刻化している牛や馬、豚などの「産業用動物」の治療に従事する獣医の供給の改善に資すること。(同(4))
以上4点について判断すればよいわけです」
「…国家戦略特区は一部の地域のみの利益に資するのではなく、全国的にその利益が及ばなくてはならない」(同(4))

「①は主に厚生労働省が、②と③は文部科学省が、④は農林水産省がそれぞれの専門的知見から当事者の主張を聞いて意見を述べ、これらをもとに国家戦略特区認定に権限を有する内閣府が、その責任において判断したことなのでしょう。これらについて適正に行われたという説明を、具体的な根拠の提示と共に果たせばよいだけのことです」



「4条件」の(2)は創薬等の新分野の具体的な需要が明らかになることが条件だと言っているが、これは正直、本当の需要は誰にもわからないだろう。
ライフサイエンス(生命科学)とは「生命現象を生物学を中心に化学・物理学等の基本的な面と、医学・薬学・農学・工学・心理学等の応用面とから総合的に研究しようとする学問」とのこと。創薬はその応用が期待されるビジネス分野の一つだが、関係する専門分野が多岐にわたる学際的な新分野なだけに、これまでの成果もよくわからない。ましてや他のどんなビジネスに応用可能かも手探りの状態というのが現状であろう。そんな混沌とした学問分野の中で、将来の成果を正しく見通し、さらには獣医学が具体的に貢献できる範囲を絞り込むことなど、殆ど不可能だ。その需要を明らかにせよ、というのは、どだい無理な注文なのだ。商売慣れした経営コンサルに頼めば、都合の良い想定だけを集め、目一杯水増しした需要予測を出してくるかもしれないが、まともな専門家の突っ込みに耐えられる予測が作成できるとも思えない。

(3)もクリアするのは極めて難しい。新設学部なら最新の設備を整えられるアドバンテージはあるだろうが、「既存の学部・学科が対応困難」なカリキュラムを組むということは、それだけ教員人材獲得のハードルは高くなる。教える人材がたくさんいるなら、既存の大学が対応困難ということにはならないからだ。場合によっては、破格の待遇を約束して国内外から最先端の人材をヘッドハントする必要があろう。経営側の財政負担が増し、学費も既存大学より高くなる可能性が高い。
そもそも既存16大学獣医学部・学科は新分野に対して何も対応していないわけではない。最近の獣医学界では人獣共通感染症が最大のテーマであり、獣医系を持つ総合大学では、医学部や農学部、遺伝子解析等の分野で工学部との連携を進めている。かつて検討された国公立大獣医学系の再編・統合は合意には至らなかったものの、2012年度から北海道大と帯広畜産大、岩手大と東京農工大、山口大と鹿児島大の3組が、2013年度からは岐阜大と鳥取大が、それぞれ共同教育課程の取り組みを始めている。こうした既存大学による学際的、大学横断的な新分野対応が急速に進む中で、既存大学が対応していない分野を中心にカリキュラムを作成するだけでも難しいはずだ。
(4)について石破氏は、要するに既存の分野についても、全国的に需要が足りているペット獣医ではなく、需要が不足している産業獣医の養成を重視しろ、という意味だと言っている。受験生はペット獣医志向が多く、現実的には獣医師資格の国家試験を念頭に置いたカリキュラムを放棄するわけにもいかない。果たして産業獣医養成や新分野に傾斜した特色あるカリキュラムで受験生を集められるのか、教育プロセスの中で学生をうまくペット獣医から誘導していけるのか、という意味でもハードルは高い。
つまりこの4条件は、達成が事実上不可能なほど高いハードルなのだ。閣議決定された時点で、特区指定の道は事実上絶たれたも同然であった。

◾️「4条件」は北村直人氏が石破担当相に要請?

その証拠に、この閣議決定の10日後、2015年7月10日に行われた全国獣医師会事務・事業推進会議で、北村直人・日本獣医師政治連盟委員長(元衆院議員、獣医師)が次のように活動報告を行っている。

北村氏は、日本再興戦略改訂2015の閣議決定の概要を説明した上で、

「獣医師養成の大学・学部の新設の可能性はこの3つの条件(⑵~⑷)によりほとんどゼロです。16獣医師系大学で対応できない獣医師はいない訳ですから、現在の獣医師学系大学でこれらができるということは当然です。石破担当大臣と相談した結果、最終的に『既存の大学・学部で対応が困難な場合』という文言を入れていただきました」



さらに、こう続けている。

「ただし、今後もこの問題は尾を引いてくると思います。つまり、日本の最高権力者である内閣総理大臣が作れと言えばできてしまう仕組みになっておりますので、こういう文言を無視して作ることは可能です」



と、さすがに北村氏は正しく特区の枠組みを熟知している。事実、北村氏の懸念した通りに事態は推移していったのだから。

◾️政治的妥協の産物?

ところで、なぜこんなに高いハードルが閣議決定されてしまったのかは、謎の部分が多い。言い方を換えれば、なぜ安倍首相や内閣府・諮問会議チームがそれを許してしまったのか、である。総理が決断さえすれば閣議決定など無視できる、とタカを括っていたのだろうか。あるいは、安倍首相と石破担当相の間で何らかの裏取引でもあったのか。

当時、この4条件を含む日本再興戦略改訂2015の取りまとめ責任者だった石破氏は、防衛庁長官と防衛相を歴任し、安全保障問題の論客として知られているため、「防衛族」のイメージが強い。しかし、選挙区は農業県の鳥取県で、麻生内閣では農水相も務めるなど、元々「農水族」の顔も持っている。しかも、鳥取大学には農学部獣医学科もある。
北村氏とは出身派閥が違うとはいえ、初当選は1986年の同期。ともに自民党衆院議員だった父の死去に伴い出馬した2世議員であること、農水族であることも共通点。一時は自民党を離党しかつての新生党でも合流し、その後自民に復党した経歴も似ており、個人的に親しいとも言われている。
しかし、今治市が国家戦略特区での加計の獣医学部新設を初めて内閣府に正式に説明したのが2015年6月5日。「日本再興戦略改訂2015」が閣議決定されたのが同月30日だ。改訂2015に本件を滑り込ませるために諮問会議の直前に説明日程を組んだのだろう。これには安倍首相本人の意向が働いたのかどうかはわからないが、いずれにしても獣医学部新設を特区のメニューに正式に乗せた。一方で、石破氏は北村氏の要請もあり、この改訂2015に事実上加計の計画の実現に高いハードルを設定した。
これはかなり緊迫したギリギリの政治攻防だったに違いない。加計学園や安倍チームにとっては、初めて「獣医学部・学科の新設」がアベノミクスの成長戦略に正式に盛り込むことに成功した一方、守る側の石破チームにとっても「事実上新設が不可能な条件が盛り込まれた」と言える。それぞれに都合の良い解釈が可能な外交文書のような政治的妥協の産物だったのではないか。

◾️内閣改造で一気に動き出す

半年後の12月15日、今治市の提案は広島県とセットで「広島県・今治市」として特区指定されることが特区諮問会議で決定。翌2016年1月29日付の政令で正式指定され、「広島県・今治市国家戦略特区会議」が立ち上がる。しかし、3月30日に開かれた第1回会議では、獣医学部新設は正式議題にはならず区域計画には盛り込まれなかった。この日は同会議の下に「今治市分科会」を設置することを決めたものの、事実上の休眠状態が続いた。
ところが、この年の8月3日に内閣改造が行われ、石破氏が担当相を外れると、それを待っていたかのように一転して動き出す。
9月9日の特区諮問会議で、民間議員が「残された岩盤規制改革の断行について」を提案。「重要6分野」の一つとして「⑥地方創生に寄与する『一次産業』や『観光』分野での改革の推進」を挙げ、その例として「獣医学部の新設」を例示した。同月21日、ずっと休眠していた「今治市分科会」も開かれ、獣医師養成系大学・学部の新設がようやく提案された。これを受けて11月9日の諮問会議で、「先端ライフサイエンス研究や地域における感染症対策など、新たなニーズに対応する獣医学部の設置」が決定。「現在、広域的に獣医師系養成大学等の存在しない地域に限り」との条件も付き、事実上、対象は加計学園に絞られた。
この諮問会議では、臨時議員として出席していた麻生太郎副総理兼財務相は「失敗して学校法人が倒産したら誰が責任を取るのか」などと異議を唱えた。しかし、WG座長でもある民間議員の八田達夫氏が「質の悪い大学が退場するシステムが必要」と一蹴し、前記の獣医学部新設が決定されている。麻生副総理でさえ諮問会議の正式メンバーではないので、決定権はないのだ。こうして担当大臣が石破氏から山本幸三氏に代わってわずか3カ月で、「4条件」は一切議論されることもなく、加計学園の獣医学部新設があれよあれよと決まってしまった。
この決定を受け、獣医学部新設を禁止していた文科省告示を解除する内閣府・文科省の共同告示が翌2017年1月4日に公示。同日付で「広島県・今治市国家戦略特区会議構成員の公募」が11日までのわずか1週間の期限で行われ、10日に応募した加計学園以外には応募があるはずもなかった。

◾️文科省巻き返しの可能性?

なお、文科省は門前払いだった告示を解除したことに伴い、加計から申請された獣医学部新設について、3月に省内の大学設置・学校法人審議会に審査を諮問。審議会は8月までに答申をまとめ、文科相が最終決定する予定だ。加計の計画の中身や今後の成り行き次第では覆る可能性もないとは言えない。実際には安倍首相と松野文科相の裏交渉次第だろうが、
少なくとも定員が大幅に削減されるのは避けられそうにない。

加計学園の獣医学部新設が「日本の国際競争力を強化する」という世迷い言

Posted by fukutyonzoku on 29.2017 政治・経済 0 comments 0 trackback


農業生産は日本のGDPの1%にも満たない(2015年で0.87%)し、畜産業はさらにその35%だ。就業人口6500万人のうち農業(202万人)が占めるウエイトは3%余りだが、専業農家や農業がメイン収入である1種兼業は「農家」全体の1割余りしかいないので、200万人や3%という数字にはあまり意味がない。
これに対し、例えば東京大学の農学部の学生は全体(約1.4万人)の4.5%(約630人)を占めており、札幌農学校が前身の北海道大(約1.2万人)に至っては農学部、畜産学部を合わせて8%近く(約930人)に達する。全国の大学でも「生物資源~」とか「生命科学~」などの名を冠した農学部に隣接する学部も増えており、全体として定員ウエイトは1%を優に上回っているだろう。

「歴史と伝統」という名の前例踏襲の結果、教育への資源配分が歪んでいるのではないか。少なくとも現状の畜産系や獣医系を含む農学系の定員や予算配分は、生産力や雇用吸収力に比べて手厚すぎるのだ。
食糧安保論や環境保護論、歴史文化まで持ち出し、産業の枠だけでは括れないという考え方もあろうが、「農業」は近世以前はどの国も主力産業であり、産業として永く重要であった結果として文化にも影響を与えたのである。本来の産業としての機能を失えば、国立公園や自然博物館で細々と保存するしかなくなる。

教育を国家の先行投資と捉えるなら、今の日本にとっては残念ながら一次産業は投資効率の悪い投資先だ。もし「日本は農業大国、畜産大国になりうる潜在的可能性があり、国家成長戦略として育成する」という明確な国家の見通しと意思があるのなら、教育財源の傾斜配分はあってもいいが、日本の農業や畜産業にそれほどのポテンシャルがあるとの説はあまり聞かないし、現実にも衰退の一途だ。安倍政権はそんな趨勢を逆転させる成長戦略を描いているかといえば、それもない。むしろ廃業が相次いでいる畜産・酪農産業を放置し、JA改革等によりリストラ(効率改善)を図ろうとしている。その政策の流れの中で獣医だけ増やしてどうするのか、という疑念が消えないのも当然だろう。

国家戦略特区の狙いは、あくまで「産業の国際競争力強化」「国際的な経済活動の拠点形成」なのだ。本気で国際水準のライフサイエンスや創薬の研究者を育成するなら、ポテンシャルの高い東大や北大に思い切って教育資源を集中させるべきではないのか。言っては悪いが、偏差値が50以下でしかない加計学園岡山理科大に、獣医教育における日本最高レベルの教員スタッフとポテンシャルの高い学生を集められるのか。
また、日本に3.9万人しかいない獣医の質と量を改善したところで、それが畜産や創薬、さらには日本経済を活性化させる起爆剤になるだろうか。そもそも創薬等のビジネスとの関わりでいえば、獣医は安全性評価や動物実験の際の毒性試験などに関わるだけで、脇役でしかない。研究開発の補助的な役割を担っているだけである。今では多くの製薬メーカーがその役割を外部の受託臨床試験機関(CRO)に委託している。その毒性検査の仕事に獣医免許は必要なく、獣医以外にも薬剤師や畜産学部出身者ら様々な経歴のスタッフが担っているという。そこに現在は1割程度しかいないという獣医師を増やしても、検査の質を高めることができるのか。もしできたとして、それが日本の国際競争力の強化に繋がるのか。相当に飛躍のある論理としか思えない。
バカも休み休みにしてくれ、と言いたくなる。