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日本相撲協会はなぜ力士を怪我から守ろうとしないのか?

Posted by fukutyonzoku on 30.2024 スポーツ 0 comments 0 trackback
 ずっと思っていますが、大相撲力士はこれだけ怪我が多いのに、なぜ相撲協会は力士がもう少し怪我をしない工夫をしないのかが不思議です。力士は昔より間違いなく大型化しているし、八百長相撲もかつての事件の反省から禁止され、昔は少数派だった「ガチンコ力士」ばかりになっているはずなので、力士は余計に怪我をしやすくなり、短命になっている可能性があるからです。

 例えば、土俵を盛り土して高く造らずフラットにすれば、土俵下への転落による怪我はなくせるはすだし、土俵下にぐるっと審判員や待機力士のみならず観客までいわゆる「砂かぶり席」に座らせているのは、力士と客の双方にとって危険極まりない。せめて土俵脇にいるのは審判員だけとして、砂かぶり席はもう少し後ろにズラして土俵周りのスペースをもっと空ければ、力士が砂かぶり席に倒れ込んでお互い怪我をすることも減るはずです。

 ついでに言えば、力士は昔より大型化しているので、勝負俵のサイズをもう少し大きくした方がよいのではないかとも思う。そうすれば軽量力士が逃げ回りやすくなり、一気に土俵の外に押し出されたり、すぐにバタッと倒れたりする淡白な取組が減るかもしれないではないか。スピードのある小兵や、投げ技が多彩でテクニカルな力士が今より有利になり、相撲内容も昭和の時代のようにもっと面白くなるのではないかと思う。柔道やレスリングのような体重別にするのは恐らく相当な抵抗が予想されますが、この程度なら体重別にするよりはるかにハードルの低い改革でしょう。もしかしたら力士の太り過ぎも少しは是正され、かつての横綱・千代の富士のような筋骨隆々のカッコいい力士が増えるかもしれませんよ。

 こういう改革案を口にすると、すぐに伝統だ何だと難癖をつけて拒絶する思考停止の御仁が必ず出てくるのだが、現在の形式を守ることが伝統を守ることではない。実際、相撲の形式は歴史的にも変遷してきた。そもそも興行としての相撲が盛んになったのは江戸時代からであり、今に続く土俵形式が固まったのは昭和初期になってからだ。それ以前は四角い勝負俵もあったし、盛り土しない土俵や逆に二段や三段に嵩上げした土俵もあった。さらに時代を遡れば勝負俵さえない時代もあったそうだ。もっと言えば、まわしをやめるのは競技の性格がガラッと変わるのでハードルが高いとしても、チョンマゲは競技自体とは無関係なので、結う必然性は全くないはずだ。
 歌舞伎も同じだが、なぜ江戸時代の形式を頑なに守る必要があるのか、全く理解できない。相撲も歌舞伎も江戸時代に始まったものではなく、もっと古い伝統があり、形式は時代と共に変化してきた。変化を拒絶することが伝統を守ることではなく、時代に合わせて変化を恐れないことこそ伝統を継承するために必要なことなのだ。そこが日本相撲協会は分かっていない。世界的な伝統と人気があるサッカーや野球、バスケットボール等のスポーツも、細かなルールや興行形式は常に試行錯誤を繰り返し、変化を厭わないではないか。
 大相撲が神事や興行であると同時に(八百長を禁じている)本気の格闘技であるなら、選手の安全を守る工夫はもう少し配慮があって然るべきだと感じる。もちろん格闘技である以上、怪我をゼロにすることは不可能だろうが、今のように力士が怪我ばかりし、それが力士寿命を短命にし、さらにはどう見ても太り過ぎの力士たちが常に怪我や爆弾を抱えながら全力を出せない取組が増えることは、興行の魅力にとっても決してプラスになっていないはずだ。年6回という本場所の興行ペースや一場所15番という取組の多さも再考の余地があるかもしれない。
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ホモ・サピエンスの「グレートジャーニー」の原因は冒険遺伝子?

Posted by fukutyonzoku on 30.2024 科学 0 comments 0 trackback
NHK「ヒューマニエンス 40億年のたくらみ “グレートジャーニー” ヒトらしさの進化の足跡」でホモ・サピエンスは人類特有の「冒険遺伝子」に導かれてアフリカを出て、世界中に広がったとの日本人研究者の説を紹介していた。冒険遺伝子とは、要は人類が持つ旺盛な冒険心や知的好奇心を司るDNAとのことであるようだが、この仮説はどうなんだろう?
https://www.nhk-ondemand.jp/goods/G2024137264SA000/

 確かに人類ほど知的好奇心が旺盛な種はいないだろうが、それは人類だけが農耕を始め、富を蓄積して文化を育む余裕ができてから後の話ではないかと思う。狩りをしていた頃の旧石器人が、果たして冒険心や好奇心などといった有閑階級の贅沢な遊び心のような性質によって、生命リスクの大きな危険な旅を続けるだろうか?との疑問は拭えない。
 ホモ・サピエンスがエジプトを出たのは7~6万年前の旧石器時代とされ、その後世界に拡散していったことを「グレートジャーニー」と呼んでいる。この時代の人類は主に狩猟で食糧を得ていたとされており、野生動物や魚貝類を追って世界に広がっていったと考えるのが合理的な推測ではないか。人類が世界に拡散していったと言っても、それは数万年もの時間をかけてのことであり、年平均ならせいぜい数km~数十km程度の距離に過ぎないからだ。それに「グレートジャーニー」を行ったのは人類だけではなく、マンモスなど他の野生動物も同じであるはずだ。それをホモ・サピエンスだけの「偉大な旅」と解釈することは、そもそも無理があろう。
 一部はマンモスやその他の野生動物を追って北ユーラシアに広がり、一部は海岸線沿いで主に漁労を続けながら南アジアを経て東南アジアから東アジアへ拡散。マンモスを追って中央アジアから東アジアやシベリアへ達したグループは、さらにアラスカから南下し、アメリカ大陸に達したとされている。
 日本列島へは約4万年前までには達していたとされている。この時期は地球の最終氷期とほぼ重なり、日本列島は大陸とほぼ陸続きだったのだ。最寒期でも対馬海峡と津軽海峡は繋がっていなかったとの説が最近では有力なようだが、それでもシベリアから北海道は陸続きであり、対馬や津軽の海峡も今よりかなり狭かったため、原始的な船でも渡れたとの説が有力だ。
 旧石器人は食糧となる野生動物を追って簡易なキャンプを張りながら移動生活を行っていたと考えられるため、こうした移動が少しづつ進んだのは自然な出来事であろう。人類がいくら知的好奇心が旺盛でも、集団で移住するには食糧獲得の見通しがないとそれほど簡単にはできなかったはずだ。でなければ、気候変動や人口増などの環境変化により、フロンティア開拓に賭けるしかない切羽詰まった事情が起こったのかもしれない。そのいずれかであろう。
 なお、日本の縄文時代には地球は温暖期となり、大陸とは再び海で隔てられて孤島となったため、縄文人のDNAは約1万年の時間をかけてガラパゴス的な進化を遂げて他の東アジア諸国とはかなり距離のあるものとなったらしい。その縄文人のDNAは、弥生時代には大陸系である弥生人との混血が進んだものの、今の日本人にも色濃く残っているという。

自転車運転も免許制にしたらどうか

Posted by fukutyonzoku on 08.2023 公共政策 0 comments 0 trackback
 今年4月に自転車運転者のヘルメット着用が努力義務化されたのに続き、警察庁は自転車への青切符(反則金)導入の検討を始めた。
https://news.yahoo.co.jp/articles/3cff46aa61a60b919d72245fc45df84a986ffb5e

 個人的にはどちらかと言えば賛成だが、それなら同時に自転車もこの際、免許制にしたらどうかと思う(世界ではまだ前例がないそうだが)。つまり、自転車全てを50c.c.の原動機付き自転車(原付きバイク)と同じ扱いにするということだ。今は電動アシスト付き自転車も普及しているし、スピードの出るスポーツタイプの自転車も増えている。これらと原付きバイクを法的に区別する根拠は薄くなりつつある。自転車も免許制にすれば悪質運転者への免停処分もできるし、定期講習で自転車に特化した交通法規やマナーの教育もできる。そもそも大人は自転車法規を学ぶ機会がなく、法規範意識が薄く自ら情報収集する意欲がない人は、ルールを知らないまま自転車を乗り続けることになる。警察の取り締まりがあまりないことも一因だろう。

◾️自転車事故は必ずしも増えていない

 ただし事故統計を見ると、実は自転車事故や自転車が絡んだ死傷事故が全国的には必ずしも増えているわけではない。ただ、自動車事故が減り続けている中で、自転車の事故や死傷事故は減り方が緩く、交通事故に占めるウエイトが近年高まっている。高齢化が進んでいることもあって重篤な怪我を負い、巨額の賠償責任が発生する事故が増えており、自転車運転者に保険加入を義務化する都道府県も増えている。脱石油、脱モータリゼイションの政策的視点からも、欧州のような自転車文化の再構築はやはり必要だろう。
https://news.yahoo.co.jp/expert/articles/fe166c65acccceb6dd896bb27629f950f4bdda4c




◾️違反運転の増加と法的不備

 自転車は軽車両で、原則として車道を走らなければならないことを知らない自転車運転者はいまだに多いのかもしれない。歩道は歩道通行可の標識表示がある歩道なら例外的に通ってもよいが、その場合もあくまで歩行者優先で、自転車は徐行速度(おおよそ時速8km以下)でしか通れない。もちろん、運転中のながらスマホやイヤホン着用、傘さし運転、夜間無灯火、酒酔い運転、右側通行、信号無視、一時不停止なども違反行為だ。私はロードバイク愛用者の一人だが、若い人に限らずスマホのながら運転は本当によく見かけるし、夜間の無灯火運転も意外に多い。そもそもライトが付属しておらず別売りになっているスポーツバイクが増えた影響が大きいのではないかと思う。
 ただ、現行法では自転車の違反行為に対しては悪質重大な違反に罰金(刑事罰)を科す「赤切符」と「指導警告カード」(イエローカード)しかない。イエローカードは14歳以上で3年以内に2回以上カードを受ければ講習受講が義務付けられるが、そもそも都心などを除いて警察がそれほど取り締まりを熱心にやっているとは言えない。昨年の自転車の赤切符での検挙数は全国で2万4549件だが、起訴されるのは重大な人身事故を起こした場合の1~2%程度に限られているという。もちろん人身事故を起こせば、過失傷害罪や過失致死罪、重過失致死傷罪として刑事事件化され、前科がつくこともあり得る。そこで、赤切符と警告カードの中間に当たる「青切符」(行政罰)の導入が検討されているわけだ。
https://vict-keiji.com/%e4%ba%a4%e9%80%9a%e4%ba%8b%e6%95%85%e7%8a%af%e7%bd%aa%e3%81%ab%e3%81%a4%e3%81%84%e3%81%a6/%e8%87%aa%e8%bb%a2%e8%bb%8a%e9%81%8b%e8%bb%a2%e3%81%ae%e8%b5%a4%e5%88%87%e7%ac%a6%e3%81%a7%e5%89%8d%e7%a7%91%e3%81%af%e3%81%a4%e3%81%8f%ef%bc%9f%e5%8e%b3%e7%bd%b0%e5%8c%96%e3%81%ae%e3%83%9d%e3%82%a4/

◾️道路整備や自転車走行環境の改善も必要

 ただ、自転車運転者に対する締め付け強化だけで重大事故を減らす実効性が本当に上がるのか、という疑問もある。日本の道路環境はそもそも自転車運転者のことがあまり考慮されておらず、道路整備が必要なことも事実だからだ。狭くて危険な車道を走りたくないという自転車運転者の気持ちもよくわかるし、自動車ドライバー側も狭い車道を走る自転車は危なっかしくて気を使う。かつては自転車は歩道走行が原則だった時代が長くあり、市街地は歩道を広めに整備してきたという道路行政の一貫性のなさも事態を複雑にしている。
 スポーツタイプの自転車はアルミやカーボンなど新素材開発によって格段に軽くなり、電動アシスト自転車も増えている。つまり昔よりスピードが出やすくなっており、そのことが危険な衝突事故の増加につながっているのかもしれない。このため通行帯を原則として歩道から車道に変更したのは正しいとしても、その車道が自転車走行を前提に造られていない。そもそも幅の狭い道路が多過ぎるのだが、せめて歩道幅の広い道路は歩道幅を削って自転車専用レーンへの切り替えを急ぐべきだろう。オランダやドイツなど欧州諸国は大抵10年計画で全ての道路に自転車専用レーンを計画的に整備してきたそうだ。
#警察庁 #自転車 #青切符