鉄道の振替輸送費は本当に「費用」や「損害」なのか

Posted by fukutyonzoku on 04.2016 社会 0 comments 0 trackback


 愛知県大府市で認知症の男性(当時91歳)が1人で外出して列車にはねられ死亡した事故を巡り、JR東海が遺族に約720万円もの損害賠償を求めた訴訟の上告審判決で、最高裁第3小法廷(岡部喜代子裁判長)は1日、男性の妻(93歳)に「見守り責任があった」として賠償を命じた2審判決を破棄、JR東海側の請求を棄却した。1審は遠くに暮らす長男(65歳)を含めてJR東海側の請求額約720万円全額の賠償を認め、2審では「フェンスに施錠をしていなかったなどJR東海にも安全確保上の落ち度があった」として半額に当たる約360万円の賠償責任を妻のみに認めていた。しかし、最高裁は遺族側の逆転勝訴という英断を下した。
JR東海側が全面勝訴した1審判決では、亡くなった男性の妻も要介護1の認知症患者にもかかわらず男性の介護をしていたが、まどろんだ隙に男性が一人で外出しただけに「こんな判決が確定すれば、徘徊癖がある認知症患者は強制隔離するしかなくなる」「認知症患者の面倒をみている家族にこれほど厳格な監督責任を求めるなら、今後は在宅介護は成立し得なくなる」などと、介護関係者やメディアなどから猛烈な批判の声が上がっていた。最高裁は今回、良識ある判断を示したと素直に讃えたい。
ただ、メディアが全く触れない論点が放置されているので、ここで指摘しておきたい。原告のJR東海が賠償を請求したのは「列車の遅れによる振替輸送費などの損害」だという。乗客による運賃の払い戻しや車両等の設備損傷ならまだしも、振替輸送を他の鉄道会社に委託したことで発生したとされる費用は、本当にJR東海の「損害」と認定すべき代物なのだろうか、という疑問だ。

◾️振替輸送の費用と利益の両面性

この裁判は民事訴訟なので、JR東海が賠償請求した「損害」の詳細は公開されておらず、不明だ。しかし、列車遅延の一般的なケースで考えれば、JR東海は、振替輸送を引き受けてくれた別の鉄道事業者に対し、振替乗車した乗客の運賃を事後に支払う仕組みなのだろう。
しかし、よく考えてみてほしい。そもそも振替輸送を請け負う鉄道事業者に追加的なコストは発生しているのだろうか。振替輸送を引き受けた鉄道会社が急遽増便するという話は聞いたことがない。普通に考えれば、振替の乗客が増えた分だけ混雑が増すだけであろう。つまり、振替輸送を引き受けた鉄道会社は、他社の乗客を乗せてその運賃の支払いを振替輸送の要請元から受け取る分だけ丸々儲けとなるはずだ。
鉄道会社間の振替輸送の契約は相互互助の契約になっているので、JR東海が逆に他社から振替輸送を要請されて引き受けた場合には、今度はJR東海側に丸々利益が発生するはずだ。
つまりは、JR東海にとって(振替輸送契約を有している全ての鉄道会社も同じだが)本当の損害は、決算期等の一定期間を通じて「他社から受け取った振替輸送費」ー「他社に支払った振替輸送費」の差額がマイナスになった場合、その差額のマイナス分だけのはずなのだ。一度の事故で他社に支払った振替輸送費だけを取り出して「損害」と評価し、その賠償を請求するとすれば、それは詐欺に等しい行為であろう。

◾️振替輸送費の算定はどんぶり勘定?

それ以前に、鉄道事業者同士の振替輸送契約が1回の振替輸送案件ごとの該当運賃をいちいち計算して精算する方法を取っているとすれば、少々信じがたい。
複数の鉄道会社間の相互接続が進んでいる大都市圏では、トラブルによる遅延や振替輸送は頻繁に発生している。特にラッシュ時に振替輸送を利用する大多数の乗客は、規定の振替乗車票などはいちいち受け取らずに先を急ぐのが普通だ。振替輸送を実施した他社の改札を通る場合は口頭だけで自己申告し、駅員は振替票なしでも改札を通すということが実際には通例となっている。
とすると、もし駅員が振替票なしで改札を通した乗客数を数えているとしても、その総数を客観的に証明するものは何もない。つまり、振替輸送の要請元への請求は、その気になればいくらでも水増し請求ができてしまうはずだ。
話が少々脱線するが、こんな怪しい概算費用のやり取りをするくらいなら、金銭のやりとりなしの長期互助契約にする方がよほど合理的ではないか。事故発生による運休や遅延は、どの鉄道会社にとっても偶発的に発生する性質のもので、不可抗力だし、相互の振替輸送は長い目でみれば「お互い様」だ。実質的な追加費用も発生していないとすれば、そもそも「損害」でさえなく、しかも正確な費用算定をお互いにできないのであれば、「曖昧な金銭のやり取りはやめませんか?」となるのが当たり前ではないのか。

◾️振替輸送は法的義務ではなく自主的な乗客サービス

さらに言えば、振替輸送というものは、鉄道会社の乗客との契約である運送約款や営業規則等で規定されてはいるとはいえ、法的な義務に基づいて実施しているわけではない。過疎地などでは代替輸送手段がなく振替輸送をしたくても不可能な路線は至るところにある。つまり、振替輸送というものは、あくまで鉄道会社が可能な範囲で自主的にやっている乗客サービスに過ぎないのだ。その自主的な付加的サービスの費用を「損害」として原因者に請求するのは、そもそも変ではないか。しかも、その費用は本当に費用かどうかも怪しいとなれば、なおさらだ。

◾️損害を受けているのは鉄道会社でなく乗客

列車遅れや混雑という形で本当に損害を受けているのは、鉄道会社ではなく利用客の方ではないのか。鉄道会社は、遅れが出るたびに利用客に損害賠償しているのかといえば、そんなことは一切ない。お詫びのアナウンスだけで済ませているではないか。
こんな理不尽な「損害」に対して賠償請求するJR東海もJR東海だが、それを「損害」と認定した名古屋地裁、高裁の裁判官も裁判官である。
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