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野党もメディアも見落とした柳瀬参考人答弁の矛盾点

Posted by fukutyonzoku on 11.2018 政治・経済 0 comments 0 trackback
柳瀬唯夫元首相秘書官が10日、国会に参考人招致された。
午前の衆院予算委員会では、平成27(2015)年4月2日に加計学園関係者らと首相官邸で面会し、そこに愛媛県や今治市の関係者も同席していた可能性があると、ようやく認めた。
しかし、焦点となっていた愛媛県職員作成文書に記された「首相案件」という発言については、「私は『首相』という言葉は使わない」「私が伝えたかった趣旨と違う」などと否定した。

柳瀬氏は「当時、国家戦略特区制度が安倍政権の成長戦略の一丁目一番地というか、大きな目玉政策であることは申し上げた。前年9月の国家戦略特区諮問会議で民間議員から追加の規制改革提案があり、総理が獣医学部新設の解禁を早急に検討したいと述べている、そういう案件だという趣旨を申し上げた」と答弁した。

つまり柳瀬氏は、当時の状況を思い返せば、安倍首相は「獣医学部新設の早急な検討」を前年の諮問会議で表明していたので、「獣医学部新設」=安倍首相の意思(つまり首相案件)だという趣旨の説明をしたのであり、加計の計画が「首相案件」だと言ってはいない、と。もし愛媛県職員らがそう解釈したのなら、それは誤解だ、と説明したわけだ。

この釈明は一見理屈が通っており、この答弁について野党もそれ以上は追及しなかった。この原稿の執筆時点で、私の知る限りどのメディアも指摘していないが、柳瀬氏のこの答弁は「虚偽答弁」とは言わないまでも、事実をかなり歪曲しているので、指摘しておく。

柳瀬氏が言及した2014年9月9日の国家戦略特区諮問会議で取り上げられた有識者議員の追加提案は、実は20数項目に及んでいた。「獣医系大学・学部新設の解禁」はその“One of them”に過ぎないのだ。

しかも、諮問会議の議事要旨石破茂担当相(当時)の記者会見要旨によれば、安倍首相が「石破国家戦略特区担当大臣を中心に早急に検討し、早いものは臨時国会に提出していきたいと考えています」と述べたのは確かだが、獣医学部新設解禁について安倍首相が直接言及した形跡はない。つまり、この段階ではまだ、首相が「早急な検討」を指示した改革案20数項目の一つに過ぎず、安倍首相が全部やると言ったわけでもなければ、獣医学部の「じ」の字も言っていないのだ(少なくとも公表されている議事要旨を見る限り)。

それを、さも首相が「獣医学部新設の解禁」を表明し、既に「首相案件」化していたかのように語るのはかなり無理のある解釈であり、意図的なミスリードか勘違いのどちらかである。もし柳瀬氏が当時、本当にそう認識していたとすれば、それは「表の議論」とは別のところで「裏の議論」が進んでいて、柳瀬氏もそれに関与していたということにほかならない。
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絶滅危惧種のウナギがスーパーで普通に売られている謎

Posted by fukutyonzoku on 26.2018 政治・経済 0 comments 0 trackback
◼️いよいよ絶滅間近?

毎日新聞は今月15日の夕刊トップ記事(東京本社版)で、例年11月に始まるウナギの稚魚(シラスウナギ)漁が今期は極度の不漁で、中国や台湾を含む国内外での漁獲量が前期の同じころと比べて1%程度と低迷している、と伝えた。漁は4月ごろまで続くが、このまま推移すれば過去最低の漁獲量となりかねないという。



国際自然保護連合(IUCN)は2008年、ヨーロッパウナギをレッドリストの絶滅危惧カテゴリー最上位の絶滅危惧1A類(ごく近い将来における野生での絶滅の危険性が極めて高い種)に指定。これを受けて欧州連合(EU)は翌年、資源保護を理由にヨーロッパウナギの輸出を実質的に禁止した。
ニホンウナギは2013年に環境省のレッドリストで、14年にはIUCNのレッドリストで、それぞれ1Aよりワンランク下の絶滅危惧IB類(近い将来における野生での絶滅の危険性が高い種)に指定された。このカテゴリーにはトキやタンチョウヅル、アジアゾウ、ラッコなどが入っている。アメリカウナギも同じ絶滅危惧1B類に、インドネシアなどにすむビカーラ種はその下の準絶滅危惧種にそれぞれ指定されている。つまりは、これら国際的な絶滅危惧種の肉がスーパーやファストフード店で普通に売られているようなものなのだ。

◼️抜け穴だらけの規制

国内で流通しているウナギはほとんどが養殖だが、養殖業者は天然のシラスウナギを採捕または輸入し、養殖池で育てて売っている。国内の養殖業は国(水産庁)の許可制で、資源保護のため毎年、養殖数量(池入れ数量)の上限を定めており、業界団体がそれを末端業者に配分している。この規制は罰則付きのルールで、業者にも池入れ数量の報告義務があるのだが、そもそもこの上限規制がユル過ぎる上に、虚偽報告が後を絶たないと言われている。つまり、実際には規制枠以上に養殖し、販売されているのだ。

◼️香港が日本への密輸拠点

加えてニホンウナギは、ヨーロッパウナギと違って(日本政府の強力な反対もあって)絶滅危惧種の国際取引を規制するワシントン条約の規制対象にはまだなっていない(近い将来に対象になる可能性が高い)。ただ、日中韓台の間では輸出入数量の抑制・削減を取り決めており、かつて日本への輸出が多かった台湾も今はシラスウナギについては全面禁輸している。ところが、この日中韓台の取り決めは法的拘束力がなく、しかも香港は入っていない。このため香港が日本への一大輸出拠点と化している。香港へはニホンウナギとその稚魚だけでなく、代替品種として注目されているビカーラ種なども集まってくる。さらには、ワシントン条約で国際取引が規制されているヨーロッパウナギまでが、EU域外の北アフリカから密輸されているという。そもそもヨーロッパウナギが絶滅の危機に瀕するほど激減した原因も、日本への輸出の増加だった。



◼️反社会的勢力も関与

そうして世界中から香港に集まったシラスウナギのほとんどは日本へ輸出されるが、一部は密かに中国大陸の養殖池へ運ばれ、育ててから加工され、冷凍の蒲焼き(ウナギ加工食品)として再び香港経由で日本へ輸出される。中国大陸のウナギ養殖技術や蒲焼き加工技術は日本の業者が持ち込んだものだ。また、香港ルートの密輸には日本の反社会的勢力が深く関わっているとみられている(摘発された案件もある)。

◼️流通するウナギの大半が違法商品

そうして日本で高値で売れる「白いダイヤ」(シラスウナギ)とウナギの加工食品は、世界中から香港を経由して日本へ集まってくる。日本のスーパーなどで流通しているウナギの大半は、こうして密輸されたり無許可で養殖されたりした違法商品なのである。日本の消費者の多くはそうした実態を知らずに「高くなったね」と品薄と価格高騰に不平を言いながらも、普通に買えることに何の疑問も持たずに買って食べている。
しかも、本来ウナギは秋から冬にかけてが一番脂が乗っている旬なのに、需要のピークは夏場である。江戸時代の鰻屋が売れない夏場の宣伝として平賀源内が考案したとされる「土用の丑の日は精のつく鰻」というおかしな風習なのだが、日本人は今も有り難くその風習を受け継ぎ、世界中のウナギ資源を食い尽くしている。結果的に国際的な闇取引と資源枯渇に加担している自覚はほとんどなしに、である。

日産、スバルの無資格検査問題は本当にメーカーの「不祥事」なのか

Posted by fukutyonzoku on 28.2017 政治・経済 0 comments 0 trackback
日産に続いてスバルでも発覚した完成車の「無資格者検査」問題は、要は国の検査がメーカー任せで、検査基準も曖昧だったというだけの話ではないか。コンプライアンスが不徹底だったというが、曖昧な法令の解釈を巡る問題に過ぎないようにも見える。具体的な安全の不備が見つかっていないのに、リコールする必要が本当にあるの?

◾️検査実態はメーカー任せ

この騒動はいかにも日本的な政官財の馴れ合いの匂いがプンプンする。本当の問題は国の最終検査が有名無実で、ルールも曖昧ということではないか。一応建前上は国の基準はあるが、実態は事業者任せで、国もろくに点検してこなかった。建前と実態とのズレが発覚したので、事業者は国の建前を守ってあげるため、つまり国交省の面子を潰さないよう頭を下げているだけに見えてしまう。
無資格検査は30年も続いていたという。それでも完成車の安全性に大きな問題は起こっていない。ということは、本当は国の建前の方がおかしいということではないか。つまり国の法令、検査基準の方だ。どうせ国は技術的な問題ではメーカーに太刀打ちできないのだから、中途半端な事前規制はせず、事後チェックに徹すればよい。車検制度もあるのだから。安全性に技術的な問題が発生すれば、リコールや販売停止を命じる権限もあるのだし。

◾️自動車検査は事後チェックが合理的

福島の原発事故も同様に、安全性審査や耐震上の改善命令を出す権限もあったが、結局は事業者任せになり、その事業者が専門家の警告を無視して津波リスクを軽視し続けた結果、取り返しのつかない大惨事となってしまった。しかし、原発と自動車は生産数量もテールリスクの大きさも桁違いなので、規制の仕方は自ずと違ってくる。原発は政府による徹底的な安全規制介入は当然だが、自動車は毎年のように新技術が投入される商品なので、事前規制では追いつかない。事故チェックで十分だし、世界中の政府がそうしているはずだ。国は建前だけの余計な介入をすべきではない。
こんなことで国際的に日本車の品質が疑われることがあれば、メーカーよりむしろ国交省の責任ではないのか。

加計問題でいまだ詭弁を繰り返す安倍首相

Posted by fukutyonzoku on 26.2017 政治・経済 0 comments 0 trackback
安倍首相は衆院解散表明を受けて今夜、テレビ各局の報道番組に生出演したが、加計学園問題について、国会の閉会中審査で語っていた詭弁をまだ繰り返していたのには呆れた。とっくに論理破綻しているのに。

加戸愛媛県知事は国会で「加計の国家戦略特区指定のプロセスには1点の曇りもない」「歪められていた行政が正されたんです」と。加戸さんの説明に納得された方も多かったのではないか


→指定を申請する側の加戸氏が指定のプロセスを知っているはずがない。もし知っていたとすれば大問題。申請者と指定する決定権者側が裏で繋がっていたということだから。
また獣医師はずっと不足しておらず、むしろかつては酪農畜産業の衰退で供給過剰が心配されていたほどなので、文科省が獣医学部新設の門戸を何十年も閉ざしていたとしても、それだけで「行政が歪められていた」とは言えない。お金のかかる専門教育であるから、なおのこと。

前川元文科次官も含め、加計の特区指定を私が指示したと言っている人は一人もいないんです


→直接指示したとすれば限られた側近だけだろうから、その内部告発が今のところ出ていないことが「なかった」ことの証拠にはならない。

特区諮問会議の民間議員の方たちも、加計の特区指定のプロセスには1点の曇りもないと言っている


→民間議員たちは、こぞって特区を利用したビジネスに関わっていたことが判明している。利害関係のある曇りだらけの人たちが「1点の曇りもない」と叫んだところで、説得力があるとでも?

加計さんとは古くからの友人関係ですが、これまで仕事を頼んだり頼まれたりしたことは一度もありません。それがなかったからこそ友人関係がここまで続いたのだと思います


→安倍さんの選挙の際に加計学園の複数の若手職員が業務として安倍事務所に派遣されていたことが報道されているけど?

獣医学部を門前払いした文科省告示は本当に「岩盤規制」なのか

Posted by fukutyonzoku on 11.2017 政治・経済 0 comments 0 trackback
加計学園の獣医学部新設をめぐる国家戦略特区の不透明な選定プロセスの問題が燻り続けている。政策的な焦点の一つとして、大学の新規参入を規制している文科省告示がある。この問題をどう考えたらいいのだろうか。

◾️私大新設を増やし過ぎた文科省の罪

日本の4年制大学の数は、1991年の大学設置基準の大幅緩和の影響もあり、1985年の460校から2010年には778校と、25年間で300校以上(69%)も増えた(それ以降はほぼ横ばい)。その大半は短大が4年制大学に組織替えしたものだが、既存大学の学部学科新設も相次いだ。この結果、大学生数は同じ期間に185万人から289万人と100万人以上(56%)増えている。
一方、19~22歳の学齢期人口は少子化の影響により1993年の約816万人をピークに減り続け、2009年には約513万人と約300万人も減っている。このため、85年には25%前後だった大学進学率は09年に50%を超え、現在は約55%だ。

一方で数年前、下村博文前文科相が「日本の大学進学率は欧米に比べてまだ低い」と国会で訴えたこともある。
これは、下村前文科相が「だからもっと大学を増やそう」と言いたかったのか、あるいは、これまで文科省が規制緩和で私大新設を認め過ぎてきた結果、私大の定員割れや倒産が相次いでいるため、その批判に対する釈明か、どちらかだろう。しかし、いずれにしてもこれはデータの取り方が間違っていたのだ。
BLOGOSの記事「日本の大学進学率は低いは本当か」に詳しいので、詳細はそちらに譲るが、このキャンペーンに使われた文科省の「大学進学率の国際比較(OECD Education at a glance 2012)」というプレゼン資料によれば、日本の大学進学率は51%でOECD平均の62%よりも11%ポイントも低く、豪州、米国、韓国、北欧諸国などより20%ポイント以上も低いことになっている。



ところが、このOECDデータは、各国で基準がバラバラ。一般の大学と専門・職業学校を制度的に区別していない国が多く、英語圏の大学は留学生も多いが、それも含めているのだ。だから、オーストラリアは100%近くというあり得ない「大学進学率」になっている。
専門学校を含めたデータで、さらに留学生を除外して比較すれば、日本の進学率は8割近くに達し、国際的にも上位になる。さらに、日本は社会人学生や通信制などの「パートタイム」学生が少ないので、フルタイム学生だけなら世界トップクラスになる。



つまり、事実は、日本の大学数や学生数は、社会人学生や留学生を除けば既に飽和状態にあるということだ。これ以上進学率が高まることは考えにくい。既に私大の半数近くが定員割れの状態であり、大学の経営破綻ラッシュが本格化するのはこれからだ。
大学の需給全体からいえるのは、私立大学は政策的に作りすぎたのだ。学部・学科の偏在の調整は必要だとしても、全体としてはこれ以上の私大新設や定員増をストップしないと大変なことになるのは明らかだ。

◾️ 大学への公的補助率はOECD最下位

ところが、世界トップレベルの大学数、学生数にもかかわらず、日本の公的教育予算、なかでも大学への公的補助水準(GDP比)は永らくOECD加盟33カ国で最低のままだ。しかも、下のグラフを見れば一目瞭然だが、断トツの最下位だ。





http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo4/031/siryo/__icsFiles/afieldfile/2010/04/22/1292935_2.pdf

欧州の大学はほとんどが国公立で、公的補助率はEU平均で75%と高い。ドイツやフランス、北欧諸国をはじめ、自国民やEU域内国民は授業料無料の国も少なくない。日本は大学への公的補助が主要国の中で最も少ない国なのだ。それだけ学生(の親)の私費負担が重い国なのである。



データは少し古いが、日米英の大学の収入構造を比較すると、日本の国立大の経常的収益の約4割は国の補助金で、EUはもちろん約5割の米州立大さえ下回っている。しかも、日本の国立大は全体の21%しかない(75%は私立大)のに対し、米国は71%が州立大だ。私立だけ比べても、日本の公的補助率は約9%なのに対し米国は約16%と日本より手厚い。英国の大学はほとんどが国立(王立)だが、収入の6割強が公的補助だ。





実は、米英日の大学授業料は世界的にも高いことで有名だが、その3カ国で比べてみても、日本の大学への補助金がいかに少ないかがよくわかる。

しかも、私立大学が90年代から急増した間も私学助成金総額はほとんど増えておらず、過去10年ほどはむしろ漸減傾向にある。このため、公的補助率も1980年の3割近くから低下し続け、今では10%を割り込んでいる



要するに、大学1校当たりや学生1人当たりの補助金額が減り続けているということだ。

◾️大学の淘汰が本格化する「2018年問題」

しかも、来年からは18歳人口が再び減少に転じる大学「2018年問題」が始まる。18歳人口は、1992年の205万人をピークに減り続け、ここ数年は120万人程度で推移していたものの、18年からは再び減少に転じ、31年には100万人を割って99万人に落ち込むと予測されている。
その萌芽は既に表れている。
13年には、元アイドルの酒井法子さんの入学で話題を集めながら経営悪化に陥った創造学園大学などを傘下に持つ学校法人「堀越学園」(群馬県高崎市)に対し、文科省から初めて解散命令が出された。
充足率が全国最低の愛国学園大学は、収容定員400人に対し学生数は85人で充足率は21.25%。充足率が下から2番目(31.33%)の苫小牧駒澤大学では、2015年度の入学者数は32人で、入学定員150人を大きく下回る惨状だった。
06年には、会計書類を改ざんし、国の私学助成金を不正受給したとして東北文化大学元理事長が、補助金適正化法違反罪などで有罪判決を受け、同大学は大学として初めて民事再生法適用申請に追い込まれた。
この問題を契機に、大学破たん処理のあり方が本格的に議論され、解散命令以外に役員解任勧告などが盛り込まれた改正私立学校法が成立した。私立大学は完全に淘汰の時代に入っており、それはこれから本格化するのだ。

◾️大学の設置基準緩和が招いた質劣化と学費高騰、財政悪化

特区諮問会議の民間議員や安倍首相らの論理によれば、民間企業への規制緩和と同じ論理で大学や教育機関も設置基準を緩和ないし撤廃して競争を促せば、サービス競争が起こり、料金低下やサービスの質向上につながり、消費者利益や経済活性化になるという。阿呆な民間議員は、大学には憲法で保障された「営業(開業)の自由」があるとも言っている。
通常の民間企業活動ならともかく、そもそも税金から補助金を受けている大学に「営業の自由」をどこまで認めるかは公益との兼ね合いで決めるべきものだし、憲法まで持ち出すのなら、国民の「教育を受ける権利」はどうなるのだ。
過去数十年間に国がやってきたことは、補助金を増やさずに私大の数や定員を増やしてきた。この結果、大学生一人当たりの補助金額は減り続けている。大学は選ばなければ誰でも入れるようになった一方、学費はデフレの中でも値上がりし、経済的なハードルはむしろ高まった。
文科省は20年以上にわたって大学の設置基準を緩め、大学数と定員枠を増やし、大学間の「競争を活性化」させてきた。その結果、諮問会議メンバーらが言うように、日本の大学は利用負担が安くなり、教育サービスの質向上が図られただろうか。さらに言えば、国民の教育水準の向上に繋がったのか。むしろ、その全ての要素について全く逆のことしか起こっていない。少なくとも、諮問会議がやろうとしている大学の設置基準緩和という形の規制緩和は、大学の質の劣化や国民のアクセス悪化、誘致自治体の財政悪化という逆効果しか生んでいない。大学のビジネス化が進み、怪しげな業者の美味しい儲け口となっているだけである。

◾️補助金をやめて全額奨学金に振り向ける改革案

池田信夫氏は、大学への補助金について、「農業がそうであるように補助金は産業を腐らせる」「大学教育は社会的には浪費だというのが、多くの実証研究の結論」と断じ、大学への一律の補助金を全廃し、学生への奨学金に切り替えるべきだと提言している

「補助金は産業を腐らせる」危険性は一般論としては確かにある。また、大学教員がいったん教授に昇格すると、あとはろくに論文を書かなくても身分が生涯保証されるという硬直的な人事への批判も理解できる。しかし、その原因が、「補助金産業」であることや、大学間競争が不十分なことに求めるべきなのかどうかは、定かではない。また、全ての補助金産業が腐ると断言するのもどうか。世界中の大学も農業も医療機関も主要なインフラ産業も国や地方政府から補助金を受けているが、全てが腐っているとは言えないだろう。もし補助金比率が高いほどその産業の腐る度合いも高くなるとするなら、主要国で最も補助金比率が低い日本の大学は、主要国で最も健全な大学であるはずだが、そうとは言い難い。つまり、補助金の有無や補助金額の大きさに「腐る」原因があるとは即断できない。

ただし、国が教育機関への補助金を廃止し、浮いた財源を全額学生個人への給付に振り向けるという制度は一考に値する。教育バウチャー(引換券)のような一律給付のやり方もあるが、それより親の所得や学業成績に応じて給付額や融資額に格差をつける米国型の奨学金制度の方がベターだろう。政策的な研究資金を除き、国の補助金は原則廃止とし、国立大は民営化、許認可による定員管理のようなこともやめる。原則として全ての大学は同じ条件で自由競争になるということだ(それでも地方自治体が地元の大学を残すため、補助することまで禁止するのは政治的に難しいのではないか)。

いずれにせよ、特区諮問会議の民間議員らが主張するように、もし大学の定員管理をやめて参入規制を撤廃し、自由競争にせよ、というなら、補助金や許認可を原則廃止し、公平な競争条件が確保されるような大学制度改革が先だろう。補助金制度や許認可制度を残したまま入り口(参入規制)だけを部分的に緩和するような中途半端な規制緩和を行えば、かえって競争条件を歪めることになる。
特区諮問会議の民間議員の中には「医学部、歯学部、獣医学部だけ新設・定員増申請を最初から門前払いにしているから、それはおかしい、根拠を示せと言っているだけだ」
「需要が伸びる見通しがあるので学校を作りたい、という申請者があるなら、少なくとも審査はすべき。門前払いの告示がおかしいと言っているだけ」
との反論もある。
この反論には一理あるが、一方でWGの議論で彼らが主張していた「獣医師の需給調整は国家試験でやればよい」「獣医教育を受けた者がいくら増えても国民は誰も困らない」という大学の定員管理そのものを否定する論理とは矛盾している。「審査しろ」ということは、文科省の定員管理を認めていることになるからだ。定員管理を否定する論理は、国費で大学に補助金を出している以上、通らない。
もし大学への補助金制度そのものを是とし、大学への補助金予算を他の先進国並みに大幅増額することも財政的に困難という現実の上に立つならば、極めて専門性が高く、かつ他学部より「金食い虫」である(財政負担の重い)医学部、歯学部、獣医学部のような学部は、特例的に新設申請を認めないとした文科省告示は、必ずしも合理性がないとは言えないだろう。しかも、畜産酪農業の衰退とともに行政獣医や産業獣医の需要は基本的には減り続けている。獣医師会も農水省もそう予測してきた。文科省が獣医学部学科の門戸を閉ざしてきたのはこの需要予測を前提とすれば自然なことだろう。想定外のペットブームが起きたのは確かだが、それは獣医学部学科の定員オーバーを黙認することで対応できた。そのペット獣医需要も08年をピークに減り始めている。

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