先の記事へのコメント欄に書こうと思いましたが、長くなりましたので、別稿にしました。
>輸出企業のほうが労働分配率(利益から労働者の賃金への割合)が低いのです。
→具体的なデータをお示しください。ちなみに、私が確認した統計によれば、どの時期でも製造業の労働分配率は非製造業のそれより概ね10%ポイント程度も高いですよ。企業規模別では大企業ほど労働分配率は低い。これは、分母である利益が大きい、あるいは大企業は海外進出している割合が高いから、海外の安価な労働力のウエイトが高いことも一因かもしれません。
http://mitsui.mgssi.com/issues/report/r0702x_hasegawa.pdfもし輸出企業は労働分配率が低い、あるいは低下しているとのデータがあるとしても、それは輸出企業には大企業が多いからではないでしょうか。海外現地生産によって安価な労働力が増えている影響もあるとすれば、国内従業員の労働分配率だけを取り出して論じないと意味がありません。
また、全体として日本の労働分配率は低下を続けているとの見方は間違っていると思います。日本の雇用賃金体系は硬直的なので、常に景気変動に遅れて変化します。このため、労働分配率は景気回復期には下がり、逆に景気後退期には上がる傾向があります。例えば、バブル崩壊後の90年代の長期景気停滞期に労働分配率は上昇し続けた。これがバブル崩壊後の不況を長引かせた一因だという経済学界のコンセンサスを受けて、小泉政権は悪名高い雇用流動化政策を導入し、若い世代に皺寄せがいく不完全な形で導入されたのです。
2002年以降に労働分配率が低下し続けた原因には、確かに大企業が労働分配より株主配当や内部留保、自己資本比率向上等の資本政策、あるいは成長や競争力のために設備投資に重点を移した影響は否定できません。ただ、そうした利益配分調整の影響で永久に労働分配率が低下し続けるということはない。長期に見れば、一定の範囲に収まっています。00年代の労働分配率の低下は90年代に上がり過ぎたための修正と見ることもできるし、基本的には景気回復期だったからとの解釈が常識的な分析でしょう。現にこの間、雇用者報酬は緩やかながらも増加しているし、逆に07年のリーマンショック以降、労働分配率は急激に上昇しています。
http://www.jil.go.jp/kokunai/statistics/kako/documents/2_p20-25.pdfhttp://www.sangiin.go.jp/japanese/annai/chousa/keizai_prism/backnumber/h21pdf/20096501.pdf貴兄の言われるようにグローバル競争の影響で輸出企業のトリクルダウンが機能しにくくなっている側面は一定の真理があると私も思います。ただ、 仮にそうだとしても、それでは輸出企業なしに高齢化と人口減が確実に進むこの国の内需をどうやって拡大すればいいのでしょうか? TPP交渉に参加しないということは、グローバリゼーションに背を向け、米国とも距離をおくということですから、安全保障を含めた国家ビジョンの大転換を意味します。であれば、新たな国家ビジョンを明確に語る必要がありますが、そうした議論は殆ど聞かれない。農業とか医療とかの部分最適を論じているに過ぎない。まさか、脱米親中などと少し前の浮世離れした「宇宙人総理」のようなことを言いだすのでしょうか。
百歩譲って仮に輸出企業の労働分配率にあまり期待できないとしても、だから不要だというのは、あまりに乱暴な極論でしょう。世界中の政府がグローバル製造業を残そう、あるいは誘致しようと全力で取り組んでいるのはなぜでしょうか?
TPPに参加しないことで予想される大きな問題の一つは、戦略的にアジアの貿易や物流のハブになろうと競っている韓国や東南アジア諸国に、競争力のある日本企業がくし抜けのように出ていくこと、つまりは空洞化です。私に言わせれば、ビジネスの世界に疎い反グローバリゼーション論者は、製造業の空洞化のマイナス影響に鈍感過ぎるんですよ。国内のサプライチェーンの断絶が始まれば(もう始まってますが)、空洞化は加速度的に進むでしょう。それは何を意味するかというと、国内から法人税のみならず、雇用も賃金も、従って所得税も消費も消費税も、あるいは民間設備投資も下請け孫請けへの発注も、さらには技術基盤も研究開発力も人材も……日本の豊かさを支えてきたものが何もかも失われていくことを意味するんですよ。米国議会もようやくそのこと(特に技術基盤や研究開発力の喪失)に気付き、いま真剣に対策を議論し始めています。
GDPにおける外需のウエイトは一見小さく見えるかもしれないが、外需の内需への波及効果、つまり間接的に外需に繋がっている内需の大きさを考えれば、日本の実質的な輸出依存度は今でも低くはないし、今後不可避となる内需縮小を考えれば、外需依存度をさらに高めていくしか、日本の豊かさを維持・発展させていく現実的な方策があるとは思えない。それは日本経済の行く末を真剣に考えている人たちのコンセンサスです。矛盾しているように聞こえるかもしれませんが、日本はそれでもまだまだ主要国に比べてGDPに占める外需のウエイトが低いので、もっと外需を内需に取り込む余地はある。それをやらなければ内需拡大は期待しにくいし、トリクルダウンの経路も働かないと思います。
殆どの反グローバリゼーション論者は、分配政策のことしか言いませんが、所得再配分を一時的に高めることはその気になれば可能でしょうが、高め続けることは不可能です。適正な分配や政府のセイフティーネットのあり方は重要な政策課題ですが、分配するパイの縮小はより深刻な問題であり、これを何とかしないことにはジリ貧になるだけ。いくら分配を論じても絵に描いた餅でしかなくなります。
「雇用改善のキーワードは“トリクルダウン”:森田京平・バークレイズ・キャピタル証券 ディレクター/チーフエコノミスト」
http://diamond.jp/articles/-/10277)
また、TPPには経済政策の意味合いにとどまらず、安全保障や体制選択、対中包囲網といった高度に政治的な判断を要する問題でもあります。日米韓、東南アジアが共同して中国を市場経済体制に引き込んでいくことは、日本の安全保障にとっても重要でしょう。WTOのようなマルチの枠組みの方がもちろんベターだし、TPPはブロック経済化だとの批判もあるが、できるところから広げていけばいいのです。ASEAN+3あるいは+6との通商同盟も並行してやればいいんです。そもそもEUだって同じでしょう。そうやって世界の市場や経済を徐々に一体化させていく。米中関係、日米関係だって軍事的には軋轢が高まっているものの、世界最大の二国間貿易関係は米中、二番目が日中であり、この三カ国は経済的には既に互いに抜き差しならない親密な関係にある。それが軍事的にも最大の抑止力になると考えます。
>安い農産物=「良い」デフレ。
「良い」デフレとは何ですか? これだけでは、何のことかわかりません。安い農産物が入ってくるので、消費者の利益になる、という近視眼的な発想だけがあるんじゃないですか?
→良いデフレと言ったのは、関税撤廃による農作物価格の低下は、需要が減少するために起こるデフレ(悪いデフレ)ではないし、しかも一時的なデフレ要因に過ぎないからです。関税を撤廃してしまえば、それ以上デフレが続くことはありません。コメに関していえば、10年かけて段階的に引き下げるとすれば、実際に影響が出るのは7~8年後ですから、デフレ圧力となるのはせいぜい3~4年。しかも、消費者は食費が減る分、他の条件が変わらなければ、その分、可処分所得が増えるので家計にはプラスだし、他の消費を増やせば個人消費にとっても中立です。もし、消費税増税で農業生産者への直接支払いを増やしたとしても、個人消費にはマイナスですが、家計にも農業生産者にも影響は中立ということです。
>「貿易不均衡」
まったく意味を取り違えています。これまで日本は(あるいはドイツ、最近では中国)がアメリカを主な輸出先として輸出し利益を上げてきた。しかし、リーマンショック以後、アメリカの購買力(アメリカが輸入できる購買力)が落ちてきた。そこで、日本=輸出、アメリカ=輸入という「不均衡」を是正することが、世界の貿易の健全化につながる、という考え方です。
→何が言いたいのかよくわかりませんが、アメリカによる貿易不均衡是正論はリーマン・ショックが起こってから出てきたものではなく、何十年も前からずっと言い続けてます。
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