EURO2012(サッカー欧州選手権)はベスト4が出揃い、いよいよ佳境に入っている。今年は準々決勝でイングランドをPKで降したイタリアがカテナチオ(かんぬき)と呼ばれる伝統の守備的戦術を捨て、パスサッカー(ポゼッション・サッカー)にスタイルを変貌させたのが見所の一つだろう。
カテナチオを捨てたイタリア攻守一体で陣形をコンパクトに保ち、高い位置で相手のボールを奪い、パスを細かく回して中盤を支配する--。この流麗でスペクタクルなパスサッカーは最先端の現代サッカーと言える。そのスタイルの代表格が、世界最強クラブと言われるFCバルセロナ(通称バルサ)や、その中心選手で構成されるスペイン代表だ。
バルサは、今年の欧州チャンピオンズリーグこそスペインリーグの過密日程が重なった影響もあり優勝を逃したものの、昨年の優勝チームで、今も「世界最強クラブ」の呼び声が高い。シャビ、イニエスタ、セスク・ファブレガス、ピケらの中心選手は同時に、FIFA世界ランキング1位で2010年の前回南アフリカW杯の王者であるスペイン代表の中核でもある。
なお、昨年の女子W杯サッカーを制した「なでしこJAPAN」の戦いぶりは「バルサのようなサッカー」と称賛された。
イタリアは、2006年W杯でリッピ監督が目指したパスサッカーと伝統的なカテナチオのバランスがうまく取れ、優勝したものの、その後低迷期に入る。08年のEUROでは守備の要カンナバーロの負傷欠場もあり、ベスト8どまり。カルチョ・スキャンダルで辞任していたリッピを再び監督に招き、パスサッカーのスタイルを強めていくが、09年のFIFAコンフェデレーション杯の1次リーグ敗退に続き、翌年の南アW杯では1勝もできずにグループリーグで敗退。リッピは辞任し、後任にプランデッリが就任した。プランデッリは、リッピがやろうとした「脱カテナチオ」をさらに押し進め、それが今回のEUROでようやく開花しようとしている。
意外なことにイタリアは、過去4回もW杯優勝(うち2回は戦前)を経験しながら、60年に始まったEUROでは68年に一度優勝しただけ。ドイツ(旧西ドイツを含む)が3回で最多、フランス、スペインが各2回、ギリシャ、デンマーク、オランダ、チェコスロバキア、旧ソ連が各1回。
カテナチオで臨んだイングランド一方、サッカーの母国イングランドはW杯では自国開催の66年に一度優勝しているが、意外にもFIFA世界ランキング1位になったことはなく、EUROでは決勝に進出したことさえない。
イングランドは2007年末、EURO2008で予選敗退したことで、イタリア人のカペッロが代表監督に就任。以来、イタリア仕込みのカテナチオとFWの個人技による得点に頼る手堅い戦術にシフトしていく。10年W杯南ア大会の欧州予選では圧倒的な攻撃力で予選参加国中最多の34得点を挙げた。しかし本戦グループリーグでは一転、得点力不足に苦しみ、決勝トーナメント1回戦でドイツに大敗。その後、辞任したカペッロの後任のホジソン監督もまた守備的戦術の人だ。
今回、イングランド代表はけが人続出で戦力が整わなかったこともあって守備的戦術を取らざるを得なかった面もあるが、その割にはグループリーグを首位通過。準々決勝でイタリアに圧倒的に攻め込まれながら120分スコアレスで引き分けた(PK戦で敗退)。
カテナチオの本場イタリアがカテナチオを捨て、サッカーの母国イングランドが今ではカテナチオを強めつつあるのは皮肉だ。守備的戦術が好きな監督が代表監督に続けて選ばれているのは、イングランド・プレミアムリーグで、元名古屋グランパス監督ベンゲルが率いるアーセナルの攻撃的なパスサッカーが最近低迷しており、典型的なカテナチオのチェルシーが今年のUEFAチャンピオンズリーグで優勝したことも影響しているかもしれない。
なお、イングランドはPK戦にめっぽう強いドイツとは対照的に、なぜかPK戦に弱いことでも有名で、過去W杯では3戦全敗、EUROでは1勝3敗と、ほとんど負けている。
また、国内リーグ(プレミアリーグ)は現在「世界最強リーグ」の評判が高く、商業的に最も成功している。しかし、これまで外国人選手に対し非常に広く門戸を開放してきたことが、逆に「英国人選手の出場機会が少なく若手が育たない原因になっている」との批判が国内で強まっており、最近は外国人選手へのビザ発給が厳しくなっているようだ。
実績で圧倒するドイツドイツ代表は、西ドイツ時代を含め、W杯での成績は優勝3回、準優勝4回、決勝戦には7回進出している強豪国だ。 特にベスト8以上進出は2010年南ア大会まで15大会連続の最多記録を更新中(次点はブラジルなどの5大会連続)。EUROでの優勝回数は3回、準優勝3回、都合決勝戦には6回進出していることになる。この数字も欧州最多を誇る。過去の実績では文句なしに欧州ナンバーワンの強豪国なのだ。
元々は強靭なフィジカルと、派手さはないが安定した足元の技術、「ゲルマン魂」と言われる精神力の強さがドイツサッカーの代名詞。1970年代前半には「皇帝」ベッケンバウアーを擁し、72年にEUROを、74年にW杯を制した。また、ベッケンバウアーが所属したバイエルン・ミュンヘンはUEFAチャンピオンズリーグで72-73シーズンから3連覇を達成。ベッケンバウアーは「リベロ」(攻撃参加するスイーパー)というポジション概念を初めて体現した。
80年代にはカール=ハインツ・ルンメニゲや、その後Jリーグでも活躍した天才ドリブラー、リトバルスキーらの活躍で、W杯には82、86年、90年と3大会連続で決勝まで進出。90年の決勝は前回86年大会と同じアルゼンチン戦。その後浦和レッズの監督を務めたDFブッフバルトを中心とするDFでマラドーナを完封、前回の雪辱を果たし優勝した。
最近では、04年にクリンスマンが代表監督に就任して以降、フィジカルに加え組織的な守備とパスワーク、綿密なデータを組み合わせた現代的なスタイルに進化している。ゲルマン魂のなせる業かどうかはともかく、イングランドとは対照的にPK戦にはめっぽう強く、W杯では過去4戦全勝。過去4度のPK戦のうちシュートを外したのは1人だけというから驚きだ。オリバー・カーンをはじめ、伝統的に世界屈指のゴールキーパーを多数輩出。また「日本サッカーの父」と言われるドイツ人指導者テッドマール・クラマーは釜本邦茂、杉山隆一らを育て、日本を1968年メキシコ五輪銅メダルへと導くなど、日本との繋がりも深い。かつてJリーグで活躍したドイツ人選手が多かったことや、最近ではブンデスリーガへ渡る日本人選手が多いことの背景には、こうした両国サッカー界の歴史的な繋がりが影響しているとみられる。
国家を挙げて選手を育成するフランスフランスは、W杯、コンフェデレーションズカップ、五輪、EURO全てを制覇した唯一の強豪国。
フランスの最初の黄金期は1958年スウェーデン大会。「ナポレオン」の異名を取ったレイモン・コパのパスを受けたFWジュスト・フォンテーヌはゴールを量産。大会中2度のハットトリックを含む13得点で大会得点王に輝く。
コパに続いて「将軍」「ナポレオン」と呼ばれたミシェル・プラティニを中心に1978-1986年までW杯に3回連続出場の時期が第2の黄金期。アラン・ジレス、ジャン・ティガナ、ベルナール・ジャンジニ、ルイス・フェルナンデスらと組んだ中盤が「シャンパンの泡が弾けるように」軽やかにパスを繋げる華麗なスタイルは「シャンパン・フットボール」と称された。現代サッカーの先駆けとも言える。1984年自国開催のEUROで初の国際タイトルを獲得。この大会ではプラティニが得点王となる。
プラティニの引退後は2大会連続でW杯出場を逃す低迷期を経て、20世紀後半から21世紀初頭にかけては司令塔のジダンを擁し、第3の黄金期を迎える。1998年自国開催のW杯や2000年EUROで優勝。01年、03年のコンフェデレーションズ杯を連覇。フランスは、ボール扱いがうまくボールをキープでき、正確なラストパスが出せて自ら得点もできるジダンというスターを得たことで、トップ下に「司令塔」を一人置くスタイルを確立した。ただ、ジダンの引退後は三たび低迷期に入り、現在に至っている。
またフランスサッカーが特徴的なのは、若手選手の育成システムにある。殆どの欧州諸国が各クラブが自前のサテライト(育成組織)で若手を育成しているのに対し、フランスは1970年代前半に青少年スポーツ省とフランスサッカー連盟が協力し、国立サッカー学院を設立。全国各地に育成センターを設立し、国家を挙げて選手育成に取り組んでいる。コーチの国家ライセンスを取得しないと指導者にはなれない。国の施設なので、センターに入る若手選手の個人負担は殆どない。国を挙げてサッカー選手を育成しているところがフランスらしいと言えばフランスらしい。
70年代を席巻したオランダの「トータルフットボール」オランダもFIFAランキングで1位になった経験を持つ7カ国のうちの1つ。1970年代は、ヨハン・クライフを中心に「トータルフットボール」でサッカー界に革命を起こした。
トータルフットボールは、ボール狩り(現代戦術のフォアチェック)、オフサイドトラップを多用し、ポジションに縛られないワイドでスペクタクルなサッカースタイル。その思想は現代のポゼッションサッカーに受け継がれている。
この時のオランダ代表は、1969年からヨーロッパ・チャンピオンズカップ(現UEFAチャンピオンズリーグ)に5年で4度決勝進出(71~73年は優勝)したアヤックス・アムステルダムと70年優勝のフェイエノールトの中心選手で構成。アヤックスとフェイエノールトには高い技術、戦術眼を持ち合わせた選手が揃っていた。特にアヤックスの中心だったクライフの存在が大きく、彼なしではトータルフットボールはなかったと言われる。
なお、クライフは後にスペインのFCバルセロナを築き、トータルフットボールの哲学をこのクラブに叩き込んだ。これが今まさに世界最高峰のサッカーとして花開いているわけだ。
W杯ではこのトータルフットボールで74、78年と2大会連続で決勝に進出したが、西ドイツ、アルゼンチンに敗れた。バイエルン・ミュンヘンのロッベン、長友佑都がいるインテルの司令塔スナイデルらを擁した2010年前回南ア大会では、予選・本戦を通じて14連勝のギネス記録を打ち立て、32年ぶりに決勝進出。しかしスペインとの決勝では、延長戦の末に敗れ、3回目の準優勝。不思議なことに優勝はまだない。
EUROではファン・バステン、フリット、ライカールトの「ミラントリオ」を擁した1988年大会で初優勝。これが唯一の国際タイトルである。
発展過程が重なる西洋文明と欧州サッカー欧州のサッカーは、陸続きで外からみれば似たもの同士が常に自国のプライドをかけて覇権を競って切磋琢磨しながら優れた技術を吸収し合い、進歩してきた。これはまさに西洋文明の発展プロセスそのものである。欧州各国はそれぞれ覇権国として一時代を築き、全体として世界に冠たる西洋文明を築き上げた。サッカーもまた然りである。
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