「関東最強のパワースポット」三峯神社を参拝

Posted by fukutyonzoku on 29.2013 日記 0 comments 0 trackback


オオカミ信仰

奥秩父の標高1100㍍の三峰山中にある三峯神社を参拝してきました。ここは自然の“気”溢れる「関東最強のパワースポット」として評判で、「お犬さま(オオカミ)」と呼ばれる御眷属(ごけんぞく)信仰でも有名。毎日神職がお犬さまにお供えをしているが、翌日には綺麗になくなっているという。「お犬さまが召し上がりになっている」からだそうだ。


マイカーで関越自動車道・花園ICで降り、さらに1時間近く。途中、有料道路(410円)を抜けて、三峰山の曲がりくねった山道を駆け上がる。山頂近くまでくると、まだ色は淡いが、黄葉が既に始まっていた。本格的な紅葉は10月下旬が見ごろだそうだ。
三峯神社専用の有料駐車場(500円)に到着。そこから徒歩で10分ほど登ると、珍しい「三ツ鳥居」が姿を現した。


龍神様に失礼にならぬよう、脇をそっと抜け、参道を歩くと、左手に赤色が鮮やかな「随身門」が見えてきた。これは江戸時代までは仁王門だったそうで、神仏合祀の名残が伺える。


仁王門を抜けて緩い坂道を下ると、間もなく本殿に到着。朱色をベースとした極彩色の装飾は日光東照宮を彷彿とさせ、かつてここが日光系の修験道場だったことを偲ばせる。




三峯神社の歴史

三峯神社は約1800年前、日本武尊(やまとたけるのみこと)がこの国の平和と人々の幸せを祈り、国生みの神、伊弉諾尊(いざなぎのみこと)・伊弉册尊(いざなみのみこと)をお祀りしたのが始まりとされ、そのお使いが「お犬様」。日本武尊の道案内をし、その勇猛、忠実さから同社の使い神に定められたと伝えられている。
http://www.mitsuminejinja.or.jp/kitou/index.htm

歴史的には日光系の修験道場だったこともあり、一時は足利氏により社領を奪われ、衰退したが、文亀年間(1501年-1504年)に修験者の月観道満により堂舍が再興され、以後は聖護院派天台修験の関東総本山とされた。本堂を「観音院高雲寺」と称し「三峯大権現」と呼ばれた。
江戸時代には、秩父の山中に棲息する狼を、猪などから農作物を守る眷族・神使とし「お犬さま」として崇めるようになった。さらに、この狼が盗戝や災難から守る神と解釈されるようになり、御眷属信仰が流行ったという。
修験者たちが同社の神得を説いて回り、同社に参詣するための講(三峯講)が関東・東北等を中心として信州など各地に組織されたとも。
明治の神仏分離により寺院を廃して「三峯神社」に改称された。
http://ja.wikipedia.org/wiki/三峯神社

ご神木と赤い目の龍神

お参りしてからおみくじ(200円~)を引き、御朱印を頂き(300円)、お札(500円~)やお守り(300円~)を求めてから社殿正面の両脇に立つご神木に掌をつけ、霊気をたっぷり吸収する。




後で知ったのだが、本殿前の石畳に水をかけると、赤い目の龍神の姿(全長約50cm)が現れるとのこと。これを逃したのは残念!
社殿の脇には、伊勢神宮や出雲大社、橿原神宮、鹿島神宮、厳島神社など全国の有名な神社を分祀した祠が十数社並んでいる。それを順番に全て参拝。各宮社に行ってお参りしたのと同じ顕現があるというから、何だか得した気分にw
本殿を離れ、随身門を抜けて真っ直ぐ階段を上っていくと「奥宮遥拝殿(ようはいでん)」という展望台に着く。ここは単なる絶景スポットではなく、隣の山である妙法ヶ丘の山頂にある「奥宮」を参拝するための拝殿。ここでも参拝。


奥宮遙拝殿の脇から、今は登山道になっているかつての「表参道」の下山口があるのだが、驚きの立看板を発見…。


たくさんいい気を吸収したのに加え、憑き物が落ちたようなスッキリした感じで帰路に。山の麓にあった蕎麦屋に立ち寄り、秩父の蕎麦と鮎の塩焼きを堪能した。


三峯神社の御朱印
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