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不毛な憲法論議~9条解釈の私的整理

Posted by fukutyonzoku on 12.2015 政治・経済 0 comments 0 trackback

<日本国憲法 - 第2章 戦争の放棄>
〔戦争の放棄と戦力及び交戦権の否認〕
第9条 日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。
2.前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。


解釈は大きく三つ

この憲法9条の解釈についての学説は、大きく次の三つに分かれている。
①「国際紛争を解決する手段」ではない戦争というものはありえず、第1項で全ての戦争が放棄されていると解釈する立場(峻別不能説)
②第1項は「国際紛争を解決する手段」としての戦争放棄を定めたもので、自衛戦争までは放棄されていないが、第2項で戦力の不保持と交戦権の否認が定められた結果として全ての戦争が放棄されたと解釈する立場(遂行不能説)
③第1項は「国際紛争を解決する手段」としての戦争放棄を定めたものであり、自衛戦争までは放棄されておらず、第2項においても自衛戦争及び自衛のための戦力は放棄されていないとする立場(限定放棄説)

「国際紛争を解決する手段」の解釈について、②と③はいずれも、外交上の紛争あるいは侵略戦争を指す国際法上の概念であり、自衛のための戦争は含まれない、との立場で一致する。59年の「砂川事件」最高裁判決でも同じ判断が示されている。
②と③の違いをみると、②が2項冒頭の「前項の目的を達するため」の解釈で分かれる。②はこの意味にはさほど重きを置かず、「(国際紛争を解決する手段としての戦争放棄という1項の)目的を達するため『に』、戦力を持たず、交戦権を否認」と解釈しているのに対し、③はこれを2項全体を縛る前提条件と解釈。つまり、「(国際紛争を解決する手段としての戦争放棄という1項の)目的を達するため『には』(『の』)戦力は持たず、交戦権を否認」すると解釈している。この目的以外なら戦力は持てるし交戦権も否認していない、となるわけだ。
この「前項の目的を達するため」のワンフレーズは、もともと憲法草案にはなく、有名な「芦田修正」によって後から挿入された部分である。あえてこのフレーズを挿入した意図は、③の解釈を可能たらしめ、もって自衛のための再武装に道を開く狙いがあったとされている。その経緯を考えれば③の解釈が妥当であろう。
①の解釈では、国家の自然権(自衛権)を否定しているので、そもそも国家の最高法規としての資格を有しない欠陥憲法となってしまう。②も1、2項を通して結果的に自衛権を放棄してしまっているので、やはりその解釈では国家の憲法の資格はなくなるだろう。自然権とは成文法を超えるものだからである。

奇妙な政府の「72年見解」

政府は1972年、②と③を足して二で割ったような、奇妙な解釈を打ち出した。第2項は無条件で「戦力」保持と「戦争」を禁止していると解釈(②と同じ)しながらも、「交戦権」については特殊な解釈を行った。それは、「戦いを交える権利という意味ではなく、交戦国が国際法上有する種々の権利の総称」「相手国兵力の殺傷と破壊、相手国の領土の占領などの権能を含むもの」(防衛白書)だというのだ。つまり、自然権である「自衛権」と国際法上の「交戦権」を切り離すという、滅茶苦茶な解釈をやってのけたのだ。憲法は、自衛目的を含めて「戦争」や「戦力」保持を禁じているが、自衛権は否定していない、というわけのわからないレトリックだ。
この交戦権の解釈には憲法学者からも批判が多いが、常識的に考えれば、「戦力」を持たずにどうやって自衛権を行使できるのか、という論理矛盾が生じる。
戦後の国際法では、自衛以外の戦争は違法であり「(合法的)戦争=自衛戦争」なので、交戦権と自衛権を切り分ける政府の考え方にはそもそも無理があるのだが、日本は憲法9条で自衛戦争を含む国際法上の「戦争」(交戦権)は放棄したが、自然権である「自衛権」までは放棄していない、従って自衛「戦争」はできないが、自衛のための「必要最小限度の武力行使」は許される、という苦し紛れとしか思えない奇妙なロジックなのだ。こんな論理とも呼べない理屈は、もちろん国際法規には存在しない概念である。「戦争」と「武力行使」との間に一体どんな線引きができるというのだろうか。一方的な武力行使なら「戦争」とは呼べないかもしれないが、この場合は自衛を前提としているのだから、当然敵の武力攻撃に対して武力で反撃するケースを想定している。国家の武力と武力が衝突するのが「戦争」ではないのか。
この呆れたレトリックは「個別的自衛権は認められるが、集団的自衛権は認められない」という、さらなる珍妙なロジックにつながる。

苦し紛れのレトリック?

99年の参院予算委員会で、大森政輔・内閣法制局長官(当時)は、「個別的自衛権に基づく我が国を防衛するために必要最小限度の自衛行動というものは憲法が否定していない…いわゆる戦争の三分類による自衛戦争ができるんだということを申し上げたわけではないと。自衛戦争という場合には当然交戦権が伴うんでしょうけれども、先ほど我が国がなし得ると申し上げましたのは、自衛戦争という意味よりももう少し縮減された、あるいは次元の異なる個別的自衛権に基づく自衛行動というふうにお聞き取りいただきたいと思います」と答弁。また、同年の参院外交防衛委員会で、秋山收・内閣法制局第一部長(当時)は「自衛戦争の際の交戦権というのも、自衛戦争におけるこのような意味の交戦権というふうに考えています。このような交戦権は、憲法9条2項で認めないものと書かれているところでございます。一方、自衛行動と申しますのは、我が国が憲法9条のもとで許容される自衛権の行使として行う武力の行使をその内容とするものでございまして、これは外国からの急迫不正の武力攻撃に対して、ほかに有効、適切な手段がない場合に、これを排除するために必要最小限の範囲内で行われる実力行使でございます」と述べている。
集団的自衛権の行使は、交戦権の範囲である「戦争」につながる可能性が高いからダメだが、個別的自衛権に基づく必要最小限のやむを得ない武力行使なら許される--。歴代政府は、現実の安全保障上の要請と憲法9条との矛盾を覆い隠すためのこんな苦し紛れのレトリックを踏襲してきた。自衛隊が予算規模で世界第5位の堂々たる「軍隊」になっても、である。

しかも、集団的自衛権を認めないとしながら日米安全保障体制については合憲だというのだ(1959年の砂川事件最高裁判決)。米軍に広大な基地や駐留費を提供し、定期的に共同訓練まで行い、米国の「不沈空母」として日本列島は事実上、世界最強の米軍事力と「核の傘」に守られている。世界の中で、この軍事同盟体制を「集団的自衛権の行使ではない」と言い張る国は日本だけである。

政府もかつて集団的自衛権の一部を容認していた

国際政治学者の細谷雄一・慶応大学法学部准教授によれば、政府は1959~81年までは、現在の安倍政権と同様、集団的自衛権を一部容認する憲法解釈を行っていたという(平和安全法制関連法案が合憲である理由/細谷雄一)。
1959年に林修三・内閣法制局長官は「外国まで出て行って外国を守るということ」は「日本の憲法ではやはり認められていないのじゃないか」と述べ、「そういう意味の集団的自衛権」は合憲とはいえない、という立場を示した。林長官は「たとえば現在の安保条約におきまして、米国に対して施設区域を提供致しております。あるいは米国と他の国、米国が他の国の侵略を受けた場合に、これに対してあるいは経済的な援助を与えるというようなこと、こういうことを集団的自衛権というような言葉で理解すれば、こういうものを私は日本の憲法は否定しておるものとは考えません」
当時の岸信介首相も次のように述べている。「集団的自衛権というようなことが、そういうことだけに限るのか、あるいは今言っておるように、基地を貸すとか、あるいは経済的の援助をするとかいうことを、やはり内容とするような議論もございますので、そういう意味からいえば、そういうことはもちろん日本の憲法の上からいってできることである。それを集団的自衛権という言葉で説明するならば説明してもよろしい、こういう意味でございます」(1960年4月20日、衆議院安全保障委員会)
。この答弁を受けて、読売新聞は「集団的自衛権ある 首相答弁 ”他国防衛”を除き」と報道している。このときの政府は、「他国防衛」のような行使不可能なものと、それ以外の行使可能なものとに集団的自衛権を分けて考えていたのだ。
72年見解では「わが憲法の下で武力行使を行うことが許されるのは、わが国に対する急迫、不正の侵害に対処する場合に限られるのであって、したがって、他国に加えられた武力攻撃を阻止することをその内容とするいわゆる集団的自衛権の行使は、憲法上許されないといわざるを得ない」(参議院決算委員会提出資料、1972年10月14日)と、現在に続く内閣法制局見解が誕生するのだが、ここでも「他国に加えられた武力攻撃を阻止することをその内容とする、いわゆる集団的自衛権の行使」と、違憲とする集団的自衛権の内容を限定していたわけだ。
ところが、その後、1981年に内閣法制局は、集団的自衛権の行使の全面禁止論という、新しい解釈に踏み切る。つまり、それ以前は集団的自衛権の行使にもその内容はいろいろある、という立場を内閣法制局が取っていたが、その中核である「外国まで行って武力を行使する」ことについて、それを中核ではなく、それが唯一の集団的自衛権の行使であると断定してしまったのだ。
「憲法第9条の下において許容されている自衛権の行使は、我が国を防衛するため必要最小限度の範囲にとどめるべきものであると解しており、集団的自衛権を行使することは、その範囲を超えるものであって、憲法上許されないと解している」と、新たな全面禁止論に解釈を変更したのだ。
細谷准教授によると、今回の平和安保法制は、1981年以前の内閣法制局の解釈に回帰すると同時に、1981年以降の内閣法制局の解釈にも十分に配慮して、そのような枠組みを壊さないように慎重に考慮した上で、きわめて抑制的な判断をした。すなわち、「中核的概念」としての、外国まで出て行って戦争をするという意味での集団的自衛権の行使は従来通りに違憲であるという判断をしており、それ以外の周辺的概念としての行使可能な集団的自衛権があるという判断なのだ。
そうだとすれば、今回の集団的自衛権の限定容認を違憲だとするなら、59~81年の政府解釈も違憲だったということになるはずだ。
憲法解釈がその都度変わることは、確かに「法的安定性」という面において問題はないとは言えないかもしれないが、かといって、今回の集団的自衛権の限定容認が「前例のない違憲解釈」とは言えないはずだ。

とっくに空文化していた憲法9条

思うに、本来なら1951年のサンフランシスコ講和条約と日米安全保障条約の締結の時か翌年の条約発効と日本独立の時、または54年の自衛隊発足に合わせて憲法を改正するのが本筋であった。しかし、戦後間もない当時は今以上に国民の戦争アレルギーが強烈だった時代で、政治的には社共の革新勢力も強かった。改憲のハードルは今よりもずっと高かったのだ。それにしても、せめて72年見解の際に上記③への解釈改憲に踏み切るべきだったのだ。
政府は、72年見解ではなく、一部の憲法学者らが主張していた③の解釈(自衛「戦争」やそのための「戦力」保持は合憲)を採用し、軍法会議も設置して自衛隊を正式な国防軍(Army)にしておけば、「個別的自衛権はいいが集団的自衛権はダメ」といった国際的に非常識なレトリックを振り回す必要もなく、現在のような不毛な憲法論争をせずに済んだはずだ。
しかし、ベトナム反戦運動が盛り上がり、若い世代を中心に反米・反戦・平和イデオロギーが高まっていた当時の社会情勢を考えれば、「軍国主義復活」という批判を内外(「外」は中韓だけだが…)から浴びかねない解釈改憲にも政府は慎重にならざるを得ない環境にあったことは容易に想像がつく。
しかも、もし③を採用すれば、憲法9条は「戦争放棄」の規定ではなく「侵略戦争放棄」という、国際的にはごく普通の規定になってしまう。筆者はそれで一向に構わないと思うが、もしその解釈を政府が採用すれば、「平和国家」の看板として憲法9条に心酔している護憲勢力とそれを支持する国民は、「美しき看板」を失うショックに耐えられず、どんな暴走を始めるかわからない--と歴代政府が恐れたとしても不思議はない。政府は苦し紛れのレトリックを押し通して護憲勢力の顔を立てることにより、実体はなくても「平和憲法」の建て前だけでも守り、護憲勢力や中韓との正面衝突を避けようとしたのではなかろうか。
いずれにせよ、憲法の「平和主義」の理想(幻想)と、パワーポリティクスという世界の現実とのギャップは明らかだったのに、政府は憲法9条の漸進的空文化という「ごまかし」でここまで来てしまった。
報道によれば、大半の憲法学者が今回の集団的自衛権の行使を容認する安保関連法制に対して「違憲」と判断しているという。しかし「今さら何だ」と言いたくなる。違憲だと言う憲法学者に聞きたいのは、今回を違憲だというのなら、これまでは違憲ではなかったのか、と。「必要最小限度の自衛」を論拠にしていた「72年見解」は、実態としてとっくに崩れ、論理破綻を来たしていたではないか。

改憲こそが本筋

日本国憲法は日本に主権がない時代に、憲法の専門家が1人もいないGHQ民政局が日本を無力化する目的で作り、改正もしにくい建てつけにした上で日本に押しつけた。なかでも9条は、終戦直後の反戦ムードと理想主義、米国の日本無力化という思惑、さらには「芦田修正」によっても解釈に大きな幅ができ、相当に「出来の悪い」代物になってしまった。そもそも出発点からして綻びだらけなのだ。
米軍駐留の違憲性が問われた1959年の砂川事件最高裁判決では、米国側からの政治的圧力が外相や最高裁長官にまで及び、翌年に控えていた日米安保条約改定の政治スケジュールに間に合わせるために高裁を飛ばして上告されるなど、露骨な政治圧力があったことが最近、米国側史料の機密指定解除によって明らかになった。
この最高裁判決では「憲法第9条は日本が主権国として持つ固有の自衛権を否定しておらず、同条が禁止する戦力とは日本国が指揮・管理できる戦力のことであるから、外国の軍隊は『戦力』にあたらない」として米軍駐留の合憲性を示した。しかし、駐留米軍が日本にとって「戦力」でないなら、日米安保体制は日本にとって何の利益もないことになる。「集団的自衛権は行使していない」という政府の強弁との整合性を取るための苦し紛れの詭弁であろう。

一方、「日米安全保障条約のように高度な政治性をもつ条約については、一見してきわめて明白に違憲無効と認められない限り、その内容について違憲かどうかの法的判断を下すことはできない」とした。いわゆる「統治行為論」である。
田中耕太郎裁判長(最高裁長官)はきっとこう言いたかったに違いない。「法律家の間でも百家争鳴のこんな曖昧な条文について、純粋な法律的判断を下すことは不可能で、強引にそんなことをすれば司法の則を越えることになってしまう。様々な解釈の余地を残さずにきちんとした成文にするのは立法府の責任だし、国家の行く末を左右するような高度な政治判断を下すのは行政府の責任だ。立法府と行政府の怠慢のツケを司法に丸投げされても困る」と。
集団的自衛権の容認や「解釈改憲」を「立憲主義の否定」と叩くより前に、まずは立憲主義の土台とも言うべき憲法を、国民の手で正統性ある形で現実に則したものに見直すことが先ではないかと思う。改憲の手続きには国民投票という直接民主主義的な手段がせっかく規定されているのに、その手前にある国会による改正発議に高いハードルを設けていることこそが、民意を憲法に反映させることから遠ざけているという意味で立憲主義に反しているのではないか。9条違反かどうか、立憲主義の否定か否か、といった不毛な議論はそろそろやめにしたらどうか。
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