「巻き込まれ論」のナンセンス

Posted by fukutyonzoku on 12.2015 政治・経済 0 comments 0 trackback


集団的自衛権の限定的行使容認と日米防衛協力のための指針(ガイドライン)改定に伴う一連の安保関連法制の改正によって、「米国の戦争に日本が巻き込まれてしまう」という批判がある。いわゆる「巻き込まれ論」だが、本当だろうか。
確かに、これまでのように「憲法の制約があるからできない」という便利な断り文句は使えなくなるだろう。でも逆に言えば、それだけのことである。

集団的自衛権行使は「義務」ではなく「権利」

安倍晋三内閣は昨年7月、集団的自衛権行使容認を閣議決定。それに伴う安保関連法案が現在国会審議中だが、自衛隊による米軍との共同防衛行動のうち、これまでは憲法と関連法の制約でできなかったことの一部をできるように変えようとするものだ。
例えば、武力攻撃事態法の改正案では、日本への直接的な攻撃がなくても米軍への攻撃に対して米国と共に反撃できるようになるし、周辺事態法改正案では、日本周辺以外の地域でも米軍に給油や弾薬を提供するなどの後方支援を行えるようになる。



しかし勘違いしてはいけないのは、これらの法整備によって自衛隊が「できる」ことが増えことは間違いないのだが、かといって日本が米国に対してやらねばならない「義務」が増えるわけではないということだ。自衛隊に出動命令を出すか出さないかを最終的に決定するのは、あくまでその時々の政府であり、しかも政府がやると決めた場合でも、国会の承認が必要だから、国会が拒否すれば出動させられない。日米安全保障条約第5条(注)にも、双方の集団的自衛権行使は「自国の憲法上の規定及び手続に従って」と明記されている。
もちろんこれは米国にとっても同じで、尖閣諸島防衛でも米国が必ず助けてくれる確証はない。オバマ大統領は昨年4月の日米首脳会談後の記者会見で「日本の施政下にある領土は、尖閣諸島も含めて日米安全保障条約の第5条の適用対象となる」と明言した。しかし、それは中国人民解放軍が尖閣に攻め込んできた場合、米軍が日本とともに中国軍と戦うことを確約したものではない。単に米国が「尖閣は日本の領土」との認識を表明したに過ぎない。日本領である以上、米軍が自衛隊と共同で防衛行動をとることが「できる」と言っただけなのだ。そのことと「米国も参戦する」ことの間には大きな隔たりがある。
尖閣有事の際、例えばオバマ政権が自衛隊を助けようとしたとしても、野党共和党が多数を占める米国議会が拒否すれば、米軍は動けない。その場合、日米同盟にヒビが入ることになるかもしれないが、それでも日本は米国を安保条約違反だと非難はできない。なぜなら、同条約の「防衛義務」は、前記のように国内法手続きのクリアという前提条件が付いているからだ。

■日本には対米防衛義務はない

このことは、政府間で国際条約を結んでも、国会の批准手続きをクリアしなければ条約は発効されず、政府間の合意は無効になってしまうことと同じだ。
しかも、現行の日米安保条約では、この防衛義務は米国側にだけある片務的な義務であり、日本には在日米軍基地を除いて対米防衛義務はない。今回の安保関連法制の成立を受けて今後、日米安保条約が改正され、より双務的な内容に改正される可能性はあるが、それでも米国は在日米軍基地を手放さないだろうから、片務性は残るだろう。防衛義務が片務的なのは、日本が米軍基地用地や運営費用の一部を提供しているという片務性とのバーターだからだ。
この片務性が将来は解消される方向に向かい、仮に日米双方に相互防衛義務が科されたとしても、主権国家同士の生存に関わる重要な条約である以上、防衛義務が互いに国内法の手続きに優先して強制されることはないはずだ。

■イラク戦争で米国の要請を拒否した仏独

2003年のイラク戦争では、北大西洋条約機構(NATO)を通じて米国と同盟関係にあるフランスやドイツは、参戦を拒否した。
米国のイラク攻撃の大義名分は、イラクは国連の査察を逃れて核を含む大量破壊兵器の開発を行っており、これはイラクへの無条件査察を要求しイラクも受け入れた国連決議に違反しており、米国を含む国際社会にとって脅威だというもの。加えて、当時の2年前に発生した米同時多発テロの実行組織とされるアルカイダと協力関係にあるため、米国は自衛権行使が許されるとの理屈だ。
しかし、フランスやドイツは国連査察の継続を訴え、武力行使に反対。国連決議違反と決めつけて武力行使に踏み切るのは時期尚早であり、過剰防衛であるとの判断だった。
このケースでもわかる通り、集団的自衛権を行使するかどうかは、あくまで同盟国それぞれの判断によるものであり、同盟国から要請があったからといって武力行使が強制されることはない。日本政府や国会が「武力行使を正当化する根拠が弱い」「日本の国防や国益のためにプラスにならない」と判断すれば、法的に派兵ができても政府判断として拒否できるし、すればよいのだ。拒否したからといって、米国は日米安保条約を解消し、在日米軍を全面的に引き揚げることはあり得ない。なぜなら、米国にとって在日米軍基地の存在は米国の安全保障政策にとって死活的に重要かつ利益が大きいからだ。

地球の裏側へも派兵できる?

日米安保条約第5条で両国が共同対処の対象としているのは、日本領土及び在日米軍基地に対する武力攻撃だけであり、それ以外の地域での行動については明確な規定がない。これを今回の法改正でできるように変えることで「巻き込まれ」の可能性が高くなるのは間違いないだろうが、日本が「米国防衛のために海外で戦う」義務は現行の日米安保条約上はない。「自衛隊を地球の裏側にでも派兵できる」というレトリックは、あくまで「日本の自衛のためにどうしても必要なケースがもし地球の裏側に発生した場合」という「頭の体操」レベルの話であり、実際にそのようなケースが発生する可能性は皆無だろう。また、繰り返しになるが、
日本領土以外でも米軍と共同で武力行使や後方支援が国内法上「できる」ようにはなるが、条約上の対米義務が新たに加わったわけではないのだ。

国会承認の「事前」「事後」は本質的問題か?

なお、この国会承認は事前承認が原則だが、野党の一部は「緊急時を除く」という例外規定を問題視している。しかし、これはあまり本質的な議論とは思えない。仮に、政府が国会閉会中にこの例外規定を適用して国会の事前承認なしに自衛隊に防衛出動を命じたとしよう。野党も世論もただちに国会の臨時招集を強硬に要請することは間違いないない。それを無視し続けることができる政府・与党が果たして存在するだろうか。逆に言えば、国会の事後承認が得られる見通しのないままに自衛隊に出動命令を出すことは現実にはあり得ないだろう。
安倍政権がやろうとしている集団的自衛権の限定的行使容認は、現在のようにアジア太平洋地域の米同盟諸国との共同訓練にさえ満足に参加できないといった、最初から何もかもできないという雁字搦めのタガを少し緩め、できる範囲を広げ、平時からの共同の備えを強化し、抑止力を高めようとしているに過ぎない。その関連法案に対し「米国の戦争に巻き込まれ、自衛隊を地球の裏側まで派兵する戦争法案だ」などと批判するのは、明らかに誇大な宣伝である。

(注)日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障条約
第五条
各締約国は、日本国の施政の下にある領域における、いずれか一方に対する武力攻撃が、自国の平和及び安全を危うくするものであることを認め、自国の憲法上の規定及び手続に従って共通の危険に対処するように行動することを宣言する。
 前記の武力攻撃及びその結果として執ったすべての措置は、国際連合憲章第五十一条の規定に従って直ちに国際連合安全保障理事会に報告しなければならない。その措置は、安全保障理事会が国際の平和及び安全を回復し及び維持するために必要な措置を執ったときは、終止しなければならない。

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