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保育園・こども園の事故件数は過去最多 保育園や認定こども園での園児虐待やバス取り残し死亡事故など、保育現場での信じがたい事件事故が相次いでいる。2021年に全国の保育所や幼稚園、放課後児童クラブなどで子供が死亡または重傷を負った事故は、前年比332件増の2347件(うち死亡5件)と過去最多となった。
https://digital.asahi.com/sp/articles/ASQ775T8PQ77UTFL01L.html 母親の就労拡大や「待機児童ゼロ」などの政策目標もあり、少子化にもかかわらず保育需要は拡大。施設数も保育士数も増えているものの、全国の有効求人倍率は平均3倍前後で推移しており、慢性的な人手不足状態は解消されていない。給与も改善されてはいるものの、他職種に比べればまだ低い。



現場に過重な負担がかかり、保育士が辞めていく。残っている保育士の負担はますます増えて職場のブラック化に拍車がかかり、さらに保育士が辞めていき、新たな人材も集まりにくくなる。保育士には慢性的な疲労と強いストレスがかかり、不適切な保育や虐待まで起こるーー。こんな悪循環が全国の多くの現場で起こっている。
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保育士一人がみる園児数は欧米の2~3倍 国の保育士配置基準も戦後のベビーブーム期につくられた無理のある基準のままで、諸外国に比べて1人の保育士が見る園児の数が特に3歳児以上は多過ぎる。
例えば、ニューヨーク州やイングランドでは3歳児だと保育士1人当たり7人、4歳児は同8人、5歳児は同9人。フランスやドイツでは3歳児以上は同13人。スウェーデンでは3歳児まで4.7人、4歳児以上で同13人。これに対し日本の配置基準は3歳児は同20人、4歳児以上が同30人と、1人の保育士が諸外国の概ね2~3倍の園児を抱えている。しかも、この配置基準さえ守られていない現場も少なくないようだ。現場で事故が起き続けているのに、行政側も人手不足で監視の目が行き届いていない。
https://kochaki-idearoom.com/world-staffing-criteria/https://www.nhk.or.jp/shutoken/wr/20221004a.html こうした人手不足による現場の疲弊とブラック職場化の悪循環は、学校教育現場や医療保健現場、役所など、あらゆるパブリックワークの現場で起こっている。
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崩壊寸前の医療現場 日本の医療現場は勤務医や看護士らの使命感と異常な長時間労働によって辛うじて支えられている。日本は高齢化率が断トツに世界一のため、医療需要も世界一多いはずだが、人口当たり医師数は経済協力開発機構(OECD)36カ国で下から5番目(2017年)と少なく、人口当たり看護士数も多くはない。


日本は「病床数世界一」のデータは確かにあるが、これは、日本はそもそも高齢化率が高く入院患者数が世界一多いとみられるほか、リハビリや長期入院専門病床が少ないため一般病院(急性期対応病院)の入院患者数やベッド数が多くなること、さらには規制基準の関係で病院側の過大申告も多いとみられる結果に過ぎない。むしろ、少ない医師・看護師で大勢の入院患者を見ている証拠であろう。
医療現場は10年以上前から崩壊寸前と言われてきた。政府は大学医学部や看護学校の定員を増やし始めてはいるものの、高齢化の進展で医療需要も年々増大しているため、人材供給が追いついておらず、現場の疲弊は一向に改善されていない。

特に大規模病院の勤務医の勤務実態は厳しい。千葉大学医学部附属病院のケースでは、月平均残業時間が120時間を超え、夜間当直を挟んで60時間連続勤務や夜間当直明けに手術を行う医師も珍しくないという(NHK総合「首都圏情報ネタドリ!」から)。
https://www.nhk.or.jp/shutoken/wr/20230127a.html 若手医師は大抵週1~2回、地域の病院やクリニックへの派遣診療(アルバイト)もあり、こうした地域支援を行う場合の時間外労働は年間1860時間まで可能となる暫定的な特例措置もあった。4年前の調査では、時間外労働が年960時間を超えていた勤務医は全体の38%に上る。
慢性的な睡眠不足と過労による医師のメンタルヘルスを含む健康悪化や家庭崩壊、退職などが問題化し、緩かった医師の残業規制がようやく2024年4月から厳格化されることになった。連続勤務も28時間が新たな上限になる。
こうした崩壊寸前の現状を考えれば、勤務医の「働き方改革」はむしろ遅過ぎたぐらいだが、医師や看護師が急に増えるわけではない。諸外国のように大病院へのアクセスは今より難しくなり、街の中規模病院や専門病院、クリニックの役割が大きくなるだろう。
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保健所数も半減 コロナ禍で日本の感染者数は欧米より一桁少ないのに簡単に医療崩壊したのは、日本の医療現場はコロナ禍以前からすでに人手不足で崩壊寸前の状態だったからだ。
コロナ禍では保健所のPCR検査が全く追いつかず、感染者の捕捉や相談・フォロー体制も含めて機能不全が問題になったが、これは1997年の橋本龍太郎・自民党政権による構造改革路線以来、保健所は統廃合によって年々削減され、保健所数が半減。保健師数も減少傾向で、保健現場が疲弊していたことが背景にある。

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要保護児童の増加で手が回らない児相 若い世代の貧困化も手伝って全国で家庭内の児童虐待事件も絶えないが、これも全く同じ構図で、児童相談所の児童福祉司らのスタッフが少な過ぎて、行政監視やフォローが行き届いていないことが背景にある。離婚や家庭内暴力、ネグレクト等の虐待の増加によって、特に都市部の児童養護施設や児相の一時保護施設は常に定員超過の状態と聞く。1人で何十件もの家庭を担当している児童福祉司も少なくない。こんな状態で各家庭に対するきめ細かなケアができるわけがない。

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学校も役所もブラック職場に 中央府省の官僚も学校の教師も長時間労働が当たり前のブラック職場であることがよく知られるようになり、今や大学生の就職人気は凋落し、敬遠されるようになっている。
日本の人口当たり公務員数は国も地方もOECD諸国の中では最低レベルだ。中央府省庁のみならず、地方の市町村役場なども人手不足で崩壊状態のところが少なくない。学校の正規の教員数は諸外国と比べてそれほど少なくないが、補助教員や事務職員、施設管理スタッフなどは極めて少ない。諸外国は教員以外の職員スタッフが多いため、教員の仕事は授業をするだけだが、日本の教員は保護者への連絡や学校行事、部活指導などの授業以外の仕事が多く、教員が長時間労働を強いられている。


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防衛費、子育て予算、公的教育費、科技予算、文化予算…全て主要国最低レベル 岸田内閣が予算倍増を宣言した防衛費も、日本はGDP比1%余りと、主要国の半分以下。やはり岸田首相が少子化を止めるため子育て支援予算の倍増方針も打ち出したが、子育て支援予算(家族関係社会支出)も安倍政権以降は増加傾向にあるとはいえ、出生率反転で成果を出しているフランスやスウェーデン、英国などと比べ、依然としてGDP比で半分程度だ。


ほかにも、日本の公的教育費支出もGDP比でOECD最低(だだし子供1人当たりならOECD平均並み)だし、長年「科学技術立国」を標榜してきた割には公的な科学技術予算も少ない。ソフトパワーの源泉となる文化予算も極めて貧弱で、今やKポップや映画などのサブカルチャーを国策として育成している韓国にも追い抜かれている。少なくとも政府の支援はフランスのような「文化大国」とはとても呼べないレベルなのだ。ことほど左様に日本の予算は何もかもが足りない。
ちなみに米国の公的教育費や文化予算の連邦予算は少ないものの、州レベルではそうでもなく、加えて民間寄付金は圧倒的に多く、文化関連寄付金などはフランスの国家予算を凌ぐほど他国を圧倒している。




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財源確保に正面から向き合う時 こうした公的な職場の疲弊に共通しているのは人員不足であり、その原因はやはり予算不足に行く着く。なぜ予算不足に陥っているのかを考えると、答えは簡単で、国の財政状態が悪化し続けており、公的職場にはギリギリの予算しか手当てされていないからだ。財政悪化の原因は、バブル崩壊以来の景気回復や企業支援を優先したバラマキもあるが、最も大きな理由は税収不足だ。
税収不足は、法人税と個人所得税を減税する代わりに段階的に増税していく予定だった消費税が世論の反発が大きくて増税ペースが追いついていないことが大きい。その間、あらゆる公共分野の予算は抑制または削減され、どの現場へも必要な予算が回らず、疲弊していった。
消費税に対する世論の反発が大きいと言っても、日本の消費税の標準税率は10%なので、20~27%もある欧州諸国の半分以下だ。しかも、国民負担率(GDPまたは国民所得に占める税+社会保険料の負担割合)はOECDの中でもまだ低い方で、増税余地はある(このことが日本国債がまだ辛うじて信用を維持している最大の根拠)。財政破綻を防ぐためには、必要な予算措置を講じながら財政再建も進めなければならない(少なくともこれ以上の債務拡散は防ぐ必要がある)。


1980年代まで日本は経済成長率が高く、人口も増え、高齢化率もまだ低かった。このため、福祉や医療、教育、子育て支援などの公共予算を充実させていく国の余力があったが、バブル崩壊以降の90年代にはその財政的余力は徐々に失われていき、今やどの現場も崩壊寸前に追い込まれている。税による国民負担を低く抑えたまま国債発行による財政出動や金融緩和で経済を立て直し、税収の自然増収を図るーーという戦略には元々無理があった。その戦略の破綻がはっきりした今、国民は欧州諸国並みの国民負担を甘受し、破綻寸前の財政と公共を国民の負担増で立て直すしか残された道はないと腹をくくるべき時ではないかと思う。
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