「日本は今後、海外から食料を買えなくなるかもしれない。だから低い食料自給率を引き上げるべきだ」という食料安全保障論は正直、眉唾だと思っている。
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日本の食料自給率は本当に低い? 理由はいくつかある。
まず、そもそも日本の食料自給率は本当に低いのか? 農水省がいつも強調する日本のカロリーベース自給率は38%と確かに低いが、生産額ベースでは63%(2021年度)で、スイス(50%)や英国(61%)より高く、ドイツ(64%)とほぼ変わらない。
https://www.maff.go.jp/j/zyukyu/zikyu_ritu/013.html
実は「カロリーベース」なる概念を持ち出して自給率を論じているのは世界でも日本だけのようで、自給率は生産額ベースで算出するのが国際的には常識だ。日本の食料自給率がカロリーベースだと大幅に低下するのは、小麦や家畜の餌(飼料用トウモロコシ)、大豆、大麦などコメ以外の穀物をほぼ輸入に頼っているからだ。
穀物は気候や土壌条件が合っている限り、栽培が簡単で大量生産しやすく、保存も効くので輸出に向いている。世界生産量も輸出国も多いので国際相場が安く、通貨が高い先進国には基本的に向いてないのだ(米国は例外的に広大な穀倉地帯があり、小麦やコーンが慢性的に余剰状態なので、政策的に補助金を使って市場価格を下げて輸出促進している)。そのことが、日本がコメを除く穀物を輸入に頼ってきた最大の理由であり、もともと小麦やコーンは日本に生産適地が少ないうえに輸入価格が安いので、国産は価格面でも太刀打ちできず、ますます増えない原因となっている。
カロリーが高い穀物を大量輸入しているのでカロリーベースの自給率は当然低くなる。一方で価格は安いため、生産額ベースでは数量やカロリーほどウエイトは高くならない。これが、日本の食料自給率がカロリーベースと生産額ベースで大きなギャップがある理由だ。
ただし、欧州は欧州全体で食料安全保障を確保しようとしているので、日本と同列には比較できないかもしれない。日本は生産額ベースの63%でも十分な自給水準とは言えないかもしれない。
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大規模化でコスト削減、生産性向上へ では、食料自給率はカロリーベースと生産額ベースのどちらが重要なのだろうか?
供給途絶による飢餓という極端なケースを想定すればカロリーベースが重要だろうが、自由貿易体制を前提にするなら価格であろう。
食料自給率の向上や食料安保の必要性が殊更に叫ばれ始めたのは、ウクライナ戦争に伴う小麦などの輸出途絶や国際価格高騰、円安・インフレの長期化予想に加えて、新冷戦による世界貿易の分断により自由貿易体制が危機に陥っているとの見方が背景にある。これはエネルギーも同じ。ロシアは世界最大の小麦輸出国であり、ウクライナは同5位(2020年、FAOデータ)。両国で世界輸出量の3割近くを占めている。ウクライナはトウモロコシでも世界4位の輸出国で、全世界輸出量の14.5%を占めている。日本は世界2位のトウモロコシ輸入国だ。
石油・天然ガスの輸出大国であるロシアはウクライナ侵攻に対する経済制裁で世界のエネルギー需給を揺さぶっているだけではない。ロシアは小麦や化学肥料の輸出大国でもあり、やはり化学肥料大国のベラルーシやウクライナの小麦輸出の停止と併せ、世界の食糧危機を招いてもいる。化学肥料はウクライナ戦争後に世界市場への輸出が停止しているロシア、ベラルーシ、中国の3カ国で世界輸出の4割を占めている。
https://toho.tokyo-horei.co.jp/chirinavi/file_download.php?fn=cnavi_komugi_phttps://toho.tokyo-horei.co.jp/chirinavi/file_download.php?fn=cnavi_toumorokosi_p

要は、食料価格高騰で国民のエンゲル係数が急上昇して栄養状態が悪化したり、最悪の場合は供給途絶によって飢餓が増える事態に陥らないようにすることが、食料安保の肝だろう。
単に価格面の問題なら、通貨が高く「買い負け」しない強い経済力を維持し、経済成長することこそが最大の安全保障となる。しかし、もし経済衰退で円安傾向が長期化するなら、それは同時に国産の価格競争力の回復を意味する。もし今の日本が生産力を目一杯使って食料をフル生産しているなら、価格競争力が回復しても増産余力は限られるが、実際はそうではない。コメ消費は年々減り、減反補助金を出してもコメ需給は緩む一方で価格も低迷し、耕作放棄地が増え続けている状態だ。つまり、儲かりさえすれば増産余力はいくらでもある。
担い手の高齢化の問題はあるが、そもそも日本は小規模な片手間兼業農家が多過ぎる。企業や法人の農地取得が拡大し、生産の大規模化が進めば(日本は山地が多く限界はあるとはいえ)生産性はアップし、国産価格も下がることは間違いない。生産経営規模が大きくなるほど生産性が上がることはデータ実証されている。



価格が下がれば国内消費も増えるはずだ。食味や製法の違いはあるとしても、パンや麺類などほとんどの小麦粉製品や家畜飼料も米粉でかなり代替が可能だからだ。さらに国際相場が上がれば輸出も視野に入り、増産に弾みがつく。野菜や畜産も基本的には同じだ。フルーツや花などは食味や新品種開発で国際的にも高い技術評価を受けており、高付加価値商品として輸出も年々増えている。
戦争などによる一時的な供給ショックに対しては政府備蓄で対応するしかない。天候不順による凶作への対応も同じだ。備蓄の取り崩しで時間を稼ぎ、国内生産を増やせばよい。日本はいざとなればコメを中心に増産余力が十分にあるはずだ。
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消費者負担か、財政負担か? そうした供給ショックや国際相場の急騰に平時から備えるには、自給率は高いほどいいし、穀物備蓄も多いほどよいが、それにはカネがかかる。そのカネは財政が負担するか消費者が負担するかしかないが、要はどの程度まで国民が負担を許容できるのかということだ。自由貿易体制が盤石な限り、または世界の人口増加に対して食料生産が追いつく限りにおいては、穀物は輸入した方がコストは安く済む。しかし、世界が今後そうでなるとすれば、少なくとも基幹作物である国産米への需要は高まり、価格競争力も上がるので、フル生産体制を整える必要があろう。
これまでの日本のコメ政策のように、価格競争力がないのに自給率を無理に高めようとすれば、安い輸入品を関税でブロックし、消費者に高い国産米を買わせて自給率100%近くを確保(国際相場との差額を消費者が負担)するか、はたまた欧米のように小麦やトウモロコシのような戦略作物は市場価格を国際相場近くまで下げて輸出を促進し、生産コストとの差額を生産者に所得補償するか、どちらかしかない。そのコストは前者(日本)は消費者が、後者(欧米)は財政がそれぞれ負担している。基礎食料への価格転嫁は所得逆進性が高いので、財政負担の方が累進性の高い負担となる。
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「農政トライアングル」の蹉跌 とはいえ、日本はそもそも石油・天然ガスや肥料・農薬原料を100%近く輸入に頼っている。「農業は石油依存産業」とよく言われるように、石油・天然ガスやりん鉱石、カリ鉱石等の鉱物で作る化学肥料や農薬、石油燃料で動く農機、暖房が必要なハウスがなければ生産できないし、トラック物流がなければ消費者の元にも運べない。畜産・酪農は家畜の餌を輸入トウモロコシにほぼ100%頼っており、その意味でも「国産肉」や「国産牛乳・乳製品」は本当は国産とも言い難い。例えば養鶏は飼料代が生産コストの6割を占めている。
国産の飼料用コーンや飼料用米(くず米)の国内生産を増やし、置き換えていく方法もあるが、現状では価格差が大き過ぎる。補助金などで政策的に国産化を進めれば、国民負担は急増するだろう。円安や国際相場上昇で輸入価格が上がれば、国産との価格差が縮まるので国産は増えるはずだ。生産力さえあれば、だが。
つまり、そもそも日本はエネルギー自給率が低いので、石油依存度の高い食料生産を(国民負担を増やして)無理に増やして自給率を上げるだけでは、安全保障としてはあまり意味はない。再エネや原発によってエネルギー自給率を上げないと、片手落ち(新聞・放送禁止用語w)だということ。大事なのは、最小の国民負担でどう基幹作物の生産を維持・拡大できるかを考えることだろう。その意味でも、生産力が年々細っている日本のコメ政策は根本的に「政策の失敗」であることが明白で、コメの高関税と減反による価格支持を基本とする「農政トライアングル」(農林族議員、農水省、農協JA)の零細稲作農家保護政策を根本的に転換する必要がある。
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コメ輸出拡大こそ最強の食料安保 もともと日本の気候・土壌はコメ生産に向いており、日本産米の食味や品質は国際的評価も高く、富裕層に人気がある。今の高い価格でさえ年々輸出は増えているのだ。このところの世界的インフレや円安の影響もあり、最近では米国産米と日本産米の市場価格差もほとんどなくなっている。
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失敗続きのコメ政策を転換し、企業参入の促進で大規模化を進めて生産性を高め、販売価格を国際相場以下に引き下げ、生産性の高い大規模経営体がペイできる範囲で生産コストとの差を所得補償しながら増産に舵を切り、輸出をさらに促進すべきだろう。平時の輸出分は、危機時には国内供給に回すバッファーとなるからだ。輸出拡大こそ最強の食料安保となる。
大規模化によって生産性が高まるほど、また円安やインフレによって国際相場が上がるほど、所得補償などの財政負担も軽減されることになる。今こそ、世界の食料危機をチャンスに変える発想の転換が日本の農政には必要だ。
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