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「農産物関税を撤廃してはいけない理由その2 ―農業にグローバル市場は不要―」 への疑問

Posted by fukutyonzoku on 02.2011 政治・経済 0 comments 0 trackback
以前、学生さんからTwitterで、関良基・拓殖大准教授による上記タイトルのブログ(http://blog.goo.ne.jp/reforestation/e/70ca40087339f3990c0c8ef84cd01a4b)への感想を求められました。時間が経ちましたが、一応読んでみましたので、ご要望にお答えし、感想を述べます。

この関氏のブログ記事は何を言いたいのか私には実のところよくわからないのですが、私が読み込めた範囲で批評します。
関氏はどうやら①工業には収穫逓増の法則(規模の経済)が働き、農業は逆に収穫逓減の法則が働く②従って、農業はそもそも貿易に向かない産業であり、③グローバル競争から関税で守られるべきだーーと言いたいようです。私の結論を先に言えば、①は理論の誤用(拡大解釈)。従って、その間違った理論解釈から導き出している②は当然間違い。③は論理の飛躍で根拠もない(農産物関税がなぜいけないかは前回詳しく解説したので、ここでは繰り返しません)。

①は理論の誤用で拡大解釈。
農業で収穫逓減の法則が働くのは、関氏も言及しているように、一定の土地面積に限界を超えて種や肥料を蒔いたり労働力を追加投入(費用投入)しても、それ以上収穫(利潤)は増えないというケースを説明しているだけの理論。これは、ある生産者が、①耕作面積がこれ以上拡大できず、すでに全ての農地で目一杯の生産を行なっている②生産物の需要も価格も一定で、技術革新による生産性の向上もないーーといった、現実にはあり得ない前提に立った、あくまで理論上の一要素を取り出して説明したものに過ぎない(関数にはこういう性格のものが多い)。
しかも、この理論は何も農業に限ったものでなく、工業製品でも同じことが言える。ある工場が保有する生産設備能力を超えて生産拡大をしようと思っても、自ずとその工事の生産能力には限界がやってくる。設備増強をしたくても、その工場にはもう十分なスペースがない。しかも、例えば休日返上、3交代制で24時間フル生産すれば、工員を追加募集したり割増賃金を支払う必要があり、コスト高になったりする。まさに収穫逓減の法則が働く状態だ。それでも無理に生産するのは、それだけ需要が強く、製品価格が上昇しており、追加費用を払ってでも生産したほうが利潤が出るか、あるいは市場シェア拡大のチャンスで将来のリターンが期待でくるという経営判断があるからだろう。その工場が生産能力の限界を越えれば、別の敷地や隣接地の敷地を買い増すなどの追加投資をして設備増強を図ることになる。
農業も基本的には同じ。同じ状況が生じれば、生産者は新たに農地を取得すればいいのだから。

収穫逓減の法則とは、生産設備が限られている個々の生産者にとって、価格など他の条件が不変なら利潤が最大化する最適生産量というものがある、と言っているだけ。そんなことはわざわざ関数を使って説明されなくても、殆どの大人が常識として理解している。しかも、農業で言えば、大規模化によって単位面積当たりのコストが減ったり、バイオ技術等の技術革新によって生産性が向上することを否定しているわけでもない。大規模化やバイオ技術、あるいはエネルギー制約はあるにせよ植物工場なども「限られた農地」という前提条件を打ち破るものだ。
関氏はこの関数を使って「農業は生産量を増やしても利潤は増えない→だから大規模化しても儲からないし、貿易に向かない」と意味不明の論理を展開しているが、実際に大規模化して生産性を上げた実例は国内外には枚挙に暇がない。もし本当に農業は「規模の経済」が働かないのなら、米豪などの大規模農業を恐れる理由はそもそもないことになるし、穀物メジャーが現に成立していることも説明がつかなくなる。

他方で、工業製品には収穫逓増の法則が働き、作れば作るほど単位生産当たりの費用が低下するとは言っても、作れば作るほど利潤が大きくなるとは限らない。利潤は生産量と費用だけで決まるものではないからだ。実際には作り過ぎて市場の需給バランスが崩れれば価格が低下し、利潤は減る。だから、収穫逓減と似たようなことは農産物に限らず、工業製品にも起こる。工業製品にも自ずと利潤最適な生産量がある。市場変動が激しい点を除けば、基本的に農産物と何も変わらない。

また、日本の農業について言えば、耕作放棄地が年々増えており、農地は実はあり余っている。土地の生産力に見合う需要が国内にはないし、人口が減り始めているから今後移民を大量に受け入れでもしない限り、需要は増えない。つまり、日本が「鎖国」を続ける限り、そもそも収穫逓減を心配しなければならないような状況は起こらない。むしろ、そのことの方が問題なのだが。
他方、世界をみれば環境は全く逆。つまり、土地の生産余力は限界に近づいているとの見方がある。一方で人口はまだまだ増え続ける。もし、世界は技術的に可能な上限一杯まで農地を開墾し、技術革新による生産性向上も見込めず、関氏が言うような収穫逓減の前提となる状態が仮に出現したとしよう。そこでは何が起こるか。無理に生産拡大しようとすれば費用だけ増えて、利潤は低下する--これが関氏の唱える説だが、そんなバカな! 実際に起こることは、需給逼迫で価格メカニズムが働き、商品価格が上昇する。少なくとも費用だけが一方的に増えて利潤が減るということは起こらない。むしろ、需給逼迫が深刻であればあるほど、先物市場が過剰反応して市場価格が暴騰するから、利潤が増える可能性が高い。

この国内外の正反対の環境は、日本農業の進路にとって何を意味するのか。それは、中長期的には生産増強こそが必要なのであり、国内で縮こまっていては縮小均衡の悪循環に嵌るしかないのだ。海外にこそ大きなビジネスチャンスがある。世界全体の食糧危機の克服=食糧増産の必要に貢献するためにも、日本は余剰生産力をフルに稼働させるべきだろう。つまり、細切れ農地の集約を進め、やる気のある若い人が就農したくなるような、利益を上げられるプロの大規模専業農家や農業法人を育て、輸出に力を入れるべきなのだ。
日本は国内の消費市場がそれでも依然大きいので、現状でも中国、米国、豪州、ブラジルに次ぐ世界第5位の農業生産大国であり、技術力はトップレベル。前回指摘した通り、海外の農産物価格の上昇によって内外価格差は喧伝されているほど大きくはなくなっている。大規模化で生産性を向上させれば、十分に国際市場で戦える。なお、関氏らTPP反対派は、米国を農業大国だと過大評価する傾向が強いが、農業生産額のGDPに占める割合も人口一人当たりの生産額も、米国より日本のほうが大きいのです。
http://www.maff.go.jp/j/kokusai/kokusei/kaigai_nogyo/k_gaikyo/usa2.html

> ちなみに、国際貿易を通じて、ある国が収穫逓増の工業製品に特化し、別の国が収穫逓減の農産物に特化した場合、農産物に特化した国の交易条件は長期的に必ず悪化していく。農地面積が一定の条件で生産を拡大しようとすればするほど利潤は低下していくからである。工業製品に特化した場合、逆に利潤は増大していく。農業に競争力があり、工業に競争力のないアメリカ合州国が、慢性的な貿易赤字で苦しむ理由のいったんはここにある。

→国際経済に対する理解が足りませんね。アメリカが慢性的な貿易赤字になる原因は工業に競争力がないからではなく、基軸通貨国という国際資本市場での特殊性や消費市場が開放的で大きいからといのが通説でしょう。
前者については、基軸通貨国はかつて英ポンドもそうであったように、準備通貨や決済通貨として外国の需要が強いので、通貨が買われ、常に実体経済の実力以上に通貨高の圧力がかかる。かつては特に円に対してそうだったし、今は人民元や韓国ウォン等に対して特にそうである。慢性的な通貨高により経常赤字になりやすい構造的な問題なのである。
通常は貿易赤字が続けば実需取引で支払い超過となり通貨には下落圧力がかかるが、米ドルの場合は基軸通貨だから、強い買い需要が常にあり、下落圧力を相殺してしまう。かつての日本もそうだったが、今では最大の対米黒字国である中国はドル買い・元売りの為替介入を繰り返して人為的に元安を維持している。結果として中国のドル準備は積み上がり続ける。米国も日本と同様、ドル高に耐えきれず労働集約的な生産性の低い工業生産は中国などに移転し、空洞化が深刻になっている。空洞化で輸出が減るから、ますます貿易赤字体質が強まる。それが米国の経常赤字の構造だ。
後者は説明するまでもなく、巨大で開放的な米国市場はオープンでアクセスが容易な反面、中日韓などの対米黒字国や途上国の市場は閉鎖的なので、構造的な不均衡を生じる要因となっている。

> では、何故、TPPに参加するアメリカとオーストラリアは、あれほどまで強硬に農産物貿易の自由化を望むのであろうか。……ヨーロッパ人によるそれら三大陸の侵略と先住民族の大虐殺と開拓入植という悲劇が発生した。その不幸な歴史ゆえ新大陸では、一つの農業経営体で数百ヘクタールという、歴史的にあってはならない異常な形態の「農業」を行う。歴史がないが故に、地力も地下水の賦存量も食の安全も生物多様性も無視した持続不可能な収奪的農業を平然と行う。それ故、彼らは、歴史あるふつうの国には存在しない過剰な穀物生産能力を持つのであり、それを他の国の農業を潰してまで売りつけたがるのである。

>新大陸農業の競争力とは先住民族虐殺の上に成立したものだからだ。同じことをしない限り、競争できるようにはならないのである。

→事実に基づかない妄想としか言いようがない。過剰な生産能力があるのは先住民族を虐殺したからなのか? 先住民族の多くは定住せず、移動性の生活を主体としていた。食生活は狩猟、漁労、木の実等の採集が中心で、日本でいえば縄文人のような生活様式だった。先住民族の虐殺の歴史はもちろん肯定されるべきではないし、農業を主体としていた一部先住民族の農地を収奪したケースもゼロではないだろう。
ただ、そのことと、アメリカが現在のような農業大国になったこととは、殆ど何の因果関係も見出せない。建国以来、「移民国家」として人口は増え続けている。「先住民族を虐殺して人口が減り、もともと豊かな農地を収奪したから農産物が過剰となり、だから輸出しようとしている」わけでは全然ない。
入植者の開拓努力や欧州の農業生産技術に加え、中西部コーンベルトなどは地下水が豊富といった自然条件にも恵まれていたことが主因であることは論を待たない。
http://ja.m.wikipedia.org/wiki/インディアン (概要→食文化)

また、もし米国が「持続不可能な収奪的農業を行っている」のなら、遠からず米国農業はダメになるだろうから、何も恐れる必要はない。今後の世界的な食糧危機に備えて日本は生産を拡大し、輸出する力をつけていくべきであろう。日本は「収奪的農業」をする遥か以前に、農地や生産力を持て余しているいるのだから。
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