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フジテレビが9月21日(日)夜放送した「Mr.サンデーSP 生存高校生が初めて語る“奇跡の生還”~韓国セウォル号沈没の真相~」

Posted by fukutyonzoku on 22.2014 メディア 0 comments 0 trackback
フジテレビが9月21日(日)夜放送した「Mr.サンデーSP 生存高校生が初めて語る“奇跡の生還”~韓国セウォル号沈没の真相~」を視聴した。



「生存者72名の新証言&船内外の沈没映像16本&事故当日写真275枚などを基に、セウォル号沈没事故で生き残った高校生たちの生死を分けた闘いを再現ドラマ」として構成した。
http://www.fujitv.co.jp/mrsunday/index.html

生き残った高校生の一人は「この国では本当のことを伝えてくれない。外国のメディアの力に頼るしかないと思い、取材に応じることにした。外国のメディアが取材してくれることに感謝している」と語った。

このドラマ仕立てのドキュメンタリーは、犠牲になった高校生たちが可哀想で、涙なしではみることができない。ただし、折角いいドキュメンタリー番組をつくりながら、CMを細切れで詰め込み過ぎて、かなりストレスが溜まった。これはもう少し視聴者に配慮すべきだ。スポンサーにも怒りが向きなかねず、宣伝としても逆効果だと思う。



船内で海水にのみこまれたほんの少しの逃げる順番の差で親友2人と生死の明暗を分けた少女。同級生を励まし続け、自力脱出を先導しながら自らは犠牲になったリーダー格の少女。事故当初、危機感が薄かった同級生らに救命胴衣を率先して配り、脱出を呼びかけ続けながら全員を助けることができず、自らは傾いた通路をロープでなんとか上り切って助かった少年は、今も「たくさんの友を見捨ててしまった」と自責の念に苛まれている。
番組を視聴しながら、無責任な韓国の大人たちに改めて怒りが込み上げてきた。番組が伝えた主な情報を箇条書きで記録に留めておきたい。

・船長は、休暇の船長の代理だった。

・副船長は入社したばかり。乗船前に乗組員の前で「新前なので、いろいろ教えてください」と挨拶。

・船長の判断で過積載を行い、そのことによる海中への船の過度の沈み込みをごまかすために、この代理船長自ら船底の重りとなるバラスト水を抜いて船を軽くし、船をより不安定にさせた。確信犯的な過積載。

・当日は深い濃霧で、他にも同じ港で待機していた船が何隻もあったが、出港を強行したのはセウォル号のみ。視界はわずか80㍍しかなかった。売店の乗組員だったパク・チヨンさんでさえ、家族に「こんな濃霧の中で出港するのは怖い」とメールを送っていたほど。セウォル号だけなぜ出港が港湾管理当局に許可されたのか? 賄賂説も。

・当初予定では、潮流が速くて操舵が難しい事故現場は一等航海士が操舵する勤務ローテーションが組まれていたが、出港時刻が予定より大幅に遅れたため、事故が起こった難しい海域の操舵は入社4か月の新人女性三等航海士が担当した。出港時刻がズレても仕事の時間は変えなかったらしい。新人三等航海士は、理由は不明だがなぜか急旋回し、過積載等もあって横転した。

・その三等航海士は事故直後、すぐに直属の上司にメールし、船長の問題などを訴えて保身のための行動を素早く取っていた。救助のための行動は何もせずに。

・横転後、操舵室に入ったフィリピン人専属歌手夫婦の証言によると、船長は動転して立ったり座ったり、まさにパニック状態だった。他の操船スタッフも同様。歌手の夫が「救命胴衣はないのか」と聞くと、船長は「そうだ、救命胴衣を出せ」。「救命ボートは?」と聞くと「そうだ、救命ボートを出すんだ」と、聞かれてから初めて気づいて指示を出す始末。こいつらは当てにできないと、夫妻は自力で脱出した。また、操舵室出入り口近くの通路では、事故後も航海士2人が呑気に缶ビールを飲んでいたという。

・事故直後にも報道されていたように、事故後の船内放送は「その場を動かないでください」と繰り返し放送されただけで、救命胴衣着用や脱出を呼びかけるアナウンスは一切なかった。高校生を含む乗客は、自らの判断で救命胴衣を着た。

・船長は我れ先に脱出し、海洋警察には一般乗客だと偽って救助された。

・海洋警察は、「まだ仲間が船内に取り残されている」との高校生らの必死の訴えを無視して「もう誰もいない」と救助を一方的に打ち切った。実はこの海洋警察、沈没船の救助経験はもちろん訓練さえしたことがなかった。海難事故の救助訓練を受けた特殊部隊は韓国全土で釜山1箇所にしかなく、出動したが現地に到着するまで2時間以上もかかり、間に合わなかった。



・売店に勤めていた前記パク・チヨンさんは、乗組員の中で唯一、自分の判断で高校生らに救命胴衣を配りながら着用を指示。彼女は売店で働きながら三等航海士を目指していた。高校生らに救命胴衣を配って着させながら、本人は着てなかった。ある生徒が「あなたはなぜ着ないの?」と尋ねると、「乗客が先。乗組員は乗客全員が着終わった後で着ます」と答えたという。彼女も犠牲になったが、実は彼女は泳げなかった。
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