ベトナム戦争で米軍を「後方支援」した日本人船員たち~NHK「元LST乗組員が見つめるベトナム戦争」より

Posted by fukutyonzoku on 15.2015 政治・経済 0 comments 0 trackback
10月の3連休中にNHKーBS1スペシャル「私は何を運んだのか~元LST乗組員が見つめるベトナム戦争~」をみた。
番組概要は以下の通り。

日本人1400人が米艦艇で海上輸送に従事

ベトナム戦争では、1400人の日本人船員が米軍のLST(Landing Ship, Tank、戦車揚陸艦)に船員として乗り込み、戦車、弾薬を含む兵器や物質を横浜港や佐世保、沖縄からベトナムへ運搬した。
米軍は当時、賃金が安く操船技術が高い日本人船員を好んで雇った。米軍は当初、日本の船会社と契約していたが、途中から船員との直接雇用契約に切り替わったという。横浜等の職業安定所でも船員を募集していたらしい。また、沖縄の米軍基地には極東最大の化学兵器貯蔵庫があり、ここから日本人船員がLSTで枯れ葉剤が運ばれた可能性もある。
LSTへのベトコンの砲撃などにより、日本人船員計6人が輸送中に死亡した。LSTがベトナムの海域に入ると、米軍数名がLSTに同乗し、船員はヘルメットと防弾チョッキを着用させられた。米軍はさらに日本人船員たちにピストルを携帯するよう要請したが、船員たちは拒否した。
LSTの日本人船員の問題については、国会でも議論になったが、日本政府は結局、船員たちは米軍との直接雇用であり、日本政府にそれを強制的にやめさせる権限はなく、関わりないと逃げた。実際には、米軍の要請を受けて日本人船員を日本政府が斡旋(職安のこと?)するなど、水面下で関わっていたというが、世論のベトナム反戦機運の高まりとともに、政府の「戦争協力」に対する批判が高まり、補償すれば、政府の関わりを認めることになるので、補償できなかったのだろう。
当時、LSTの乗組員だった五味実さん(76)は、40年ぶりにベトナムを訪れた。ベトコンの砲撃を受けて亡くなった同僚の慰霊を行い、元ベトコンの奇襲部隊の軍曹とも面会。ベトナム戦争で片腕を失っていた元軍曹は「LSTを撃沈したことがある」と話した。五味さんは「私たちが運んだものはお米とか食糧もたくさんありました」。しかし、元軍曹は「それは戦争するためでしょう。日本は直接戦闘には加わらなかったとはいっても、私たちにとっては戦争に参加したのと同じことです」と厳しい言葉を投げかけた。単に引き受けた危険な仕事を全うしたとしか考えてなかった五味さんは、ショックを受けた。
(番組内容は以上)

軍事リスクを民間人を負わせる日本政府

五味さんは「米軍基地間を航海するだけだ」と聞いて仕事を引き受けたというが、そもそも戦地へ運搬する物が兵器であろうと食糧(兵站)であろうと、それが戦争の後方支援であることに変わりはないし、ましてや船が米軍のものであれば、運搬の中身にかかわらず敵の攻撃対象になるのは当たり前だ。もし本当に米国の戦争に協力しているという意識がなかったのなら、認識が甘かったと言わざるを得ない。

しかし、それ以上に問題なのは、日本政府が実際には同盟国である駐留米軍に協力せざるを得ない現実がありながら、それに伴う軍事的リスクを民間や外交官に肩代わりさせてきた事実であろう。
ベトナムではLST船員だったし、中東など世界の紛争地でいつも犠牲になるのは、外交官やタンカー船員、商社マン、石油関連企業社員、NPO関係者、ジャーナリストたちだ。彼らの仕事は日本の国益に直結している現実があるのに、政府は憲法の制約上、軍事的協力はできない」ことを盾にして、結果的に外交官や民間人に生命のリスクを負わせている。
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